【美智】その6



んん…ふぁ…ああ…あぅふ…。

がば。

とーとつに、目が覚め、いきなり上体を起こす。

シャーッ。シャーッ。

ふ、と明るいほうへ首をふると、朝のまぶしい光の中に、ふくよかなエプロン姿の香さんがカーテンを開けているところだった。

「…あ、ごめんね、起こしちゃったかな?」
「いや、だいじょぶです。…お早うございます。…あれ…ここ…?」

目の前にローテーブルと、その先には32インチのプラズマディスプレイに、環境ビデオのような、穏やかな風景が映し出されていた。…あ、そういや、早朝のニュースが始まる前って、そういう番組があったような気がするな…。

「どう? よく眠れた?」 と、香さん。
「いやぁ、なんかすごくすっきりしてるなぁ…。」
「そーでしょうとも。…なんてったって、陽一クン、15時間くらい眠ってたんだもの。…おまけに、そのうち、半分くらいは、美智といっしょだったしね…。」
「え? そ、そうなんですか? …うわぁ、いっけね、まるっきり覚えてない…」
「ま、気にしない気にしない…。美智、キミの寝顔見てられたのが、すっごく幸せだったみたいよ。ウン。…あ、もうすぐ帰ってくるから。」
「?…ええと、今、何時ですか?」
「ん? あ、えっと、5時半ね。…ま、最近はいつも早起きだから。…美智ったら、すごくまじめでね…言ったっけ、今部活動、いっしょうけんめいでさ…。今日は創立記念日だからお休みなんだけど、いつもは、毎朝ジョギングついでにそのまま学校へ行っちゃって自主トレ。…本人は“先輩にほめられちゃうと、あたし、すぐその気になっちゃうの…”なんて言ってごまかしてるけどね…。…ま、あの体格じゃ、通学時間ドンピシャじゃ、ねぇ…。」
「…あの…体格…って…?」
「え? あ、いや、…あは、あは、あははは……ね、おなか空いてない? 早いけど支度するね?」
「…???…」
「ま、熱いシャワーでも浴びて、しっかりお目覚(めざ)してみちゃって!」

けげんな顔をしているぼくが、ソファから立ち上がったところを、ばん! と背中をたたき、急にキッチンに向かう香さん。…なんだか、あわててるみたいに見えるけど、気のせいか? 



ざあああああああ…。

…熱い湯しぶきを頭からかぶると、さっき目覚めた頭がさらにどんどんはっきりしてくる。

(まぁ、香さんのいうとおりだな。気持ちいいや…)

…しかし、きのうソファにばったり倒れ込んでからのことは、これまたすっきり、すっかり頭の中から抜け落ちてしまっている。

(…ううむ。…いかんいかん。香さんの話からすると、美智ちゃん、ずっと僕が眠ってる間、応接間にいたってことだよなぁ…。こっちはそんなのまるきし気がつかずに、がーがー眠ってたのかぁ…。むう…。)

「会わす顔、ないなぁ……。…いや、ここからの、リカバーで、どうにかなる! いや、どうにか、するのが、オトコではないか! よし!」

ほっぺたを、ばしばしばしっ! とひっぱたき、活を入れてから、シャワーを止める…。



更衣室で、ごしごしと、身体を拭き取っていると、玄関のドアが、ばたん、と閉じる音がした。

「あ、おかえり〜! 陽一クン、起きてるよ!」  …そう、キッチンから香さんの声。…美智ちゃんがジョギングから戻ってきたんだ。

あたふたと、身体のしずくをぬぐい取り、バスタオルを腰に巻く。…やべ、足音がこっちにくる。たぶん、美智ちゃんが顔でも洗おうとしてるんだ…このままだと、鉢合わせしてしまう。

脱衣かごに放り込んでいた下着と上下を鷲づかみにすると、あわてて更衣室のドアを引き開け、前も見ずに廊下へ脱出しようとしたとき…。

ぽふん、ふにょ、ふあんっ…。

なにかとても柔らかい、弾力のあるものの中に、首から上が埋まってしまった。…それと同時に。

「…きゃっ!」
「…? ん? むは…」
「…陽…いち…陽一…お…にいちゃん…?!」

…頭上から、くぐもって聞こえるが、美智ちゃんの声が聞こえてきた。……上から、だって?

「…え? …み…美智…ちゃん?」

…ぼくの顔のまわりは、紺色をしたコットンの生地しか見えない。声のする方を見上げてみる。…なんと、そこには、ほほを真っ赤に染めた、美智ちゃんの顔があった…。

「…あ、え〜と、その…お、おはよう…」
「…え、あ、…お、おは、おはよう…ご…ございます!」

ぼくは、呆然としたまま、まるで魔法にかけられたように、そのまま、美智ちゃんに寄りかかったままで、一歩も動くことができないまま、間抜けなあいさつをするしかなかった…。


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