<ほんあんです>+ようやく+そうさくいり。

【お隣のちっちゃな妹】 ( げんさく:は、某外国の方です。 )


 ふたりの‘距離’



…ずいぶん時間が経っていた。 いつの間にか、小さな雲が空に浮かび、月を見え隠れさせはじめていた。

塀によりかかり、静かにたたずむ2人を照らす光も、微妙に陰影を変え、塀に落ちる影が、ほのかに揺らめいている。…まるで、ティムの心の中のようだった。

「・・・あ、あの、モリィ、ぼくは・・」    思い詰めた表情で、つぶやくティム。だが…
「…さあっ! もう戻らなきゃね。…ほんと、ごめんね、ティム。」

モリィの元気な声で、もごもご何か言いかけたティムの言葉は、風にながされる雲のように消えてしまう。…そんなティムの横顔に、モリィは笑顔で話しかけた。

「あ、そうそう、忘れてた! ありがとう、ティム。 留守番係、〜ていうか、ローラ姫様のナイト役、かな?〜…をしてもらった、‘お礼’を、あたしからしなくちゃ…ね」

そういいながら、モリィはすっ、と背を伸ばすと、2・3歩後ずさりして、真っすぐティムの方に向き直った。ティムは、どきり、としながら彼女を見つめる。
ハーフパンツから伸びる、すらりとした、長い脚。ブロンドのショートヘア、そしてエメラルド色の大きな瞳。…そして、重々しく膨らんで、胸元が猛烈に押し上げられた、ネイビーブルーのセーター。
雲に切れ間ができ、そこから覗く月明かりで、そのVネックの襟口からバストの谷間がくっきりと深い影をつくっていた。

「勇敢なナイトに、お・や・す・み、のキス、を…」
そうつぶやきながら、ゆっくりとティムに近づくモリィ。

ぴた、と止まった場所は、ティムから30センチと離れていなかった。20センチ近い身長差によって、ちょうどモリィがティムの頭のてっぺんを見下ろすようになり、ティムの目線は、モリィの、今にも自分にくっつきそうなセーターの隆起と、Vネックから今にもこぼれ落ちそうな、双つの膨らみが作るクレバスが真正面に来る位置に…。

(ええっ! これが‘お礼’?)
 思いがけない展開に、ティムの心臓の鼓動は、ふだんの何倍ものピッチに跳ね上がる。

ふわっとした柔らかな感触がティムの胸に広がり、それがモリィのあのセーターの膨らみだと気づいて、思わず目を閉じる。そのまま、来たる至福の瞬間を待ちかまえる。…モリィの顔が近づいてくるのがわかる。 いよいよだ!

・・・と、甘い香りがしたと思ったら、右の頬に、ちょん、と、モリィの柔らかな唇の感触。

あ・・・・れ?

肩すかしを食らい、ティムはひどい失望を感じてた。…これじゃ、ぼくがローラの手にしてあげたのと、なにが違うんだ…。
眼をあけた先には、そんなティムの気持ちも知らず、にこにこと微笑むモリィの美しい顔があった。彼女がしゃべり出す。

「…感謝しています、ナイト・ランスロット様。今宵の…。…あれ、どうしたの?」

「え、…あ。い、いや。その、な、なんでもない…」
「…なにか違ってた?」

…確かに、違う。しかし、ティムは自分のその気持ちを、どう伝えたらいいか、わからなかった。さらにしどろもどろになる、ティム。

「い、いや、その…ぼ、ぼくは…その、こう…す、すごい…でも…」
「すごい…って、やだ、そんなに大ごとだった? なるたけ優しくしたつもり、ですが…ランスロット様、なにか不都合でも。 ……? …ねぇ、ティム? どうしたの?」
「う、うん、そ、その…ぼ、ぼくは、・・その…その、…こう、…なんていうか、…も、もうちょっと、あの、その…ち…ちゃんと…」

ティムの顔は、モリィのおっきく膨らんではじけそうなセーターの色みたいに青くなり、今までにないくらいに震え、冷や汗をかき始める。

モリィのほうは、完全に油断していた。すごい、こと? もしかして…。しかし、どうしていいか、わからない。…しかし、ティムをこれ以上傷つける気はもちろん、これ以上先に進むことも、どちらもする気にはなれなかった。

口ごもりながらもじもじする、ティム。…それが、モリィには、なぜだか、かわいく見えてしまった。かわいく…。モリィは、ふとひらめくものがあった。

「…そっか、わかったわ、ティム。」  その声で、ティムも我に返る。

「あのね、わたしのこと、ほんのちょっと年上の女の子で、自分とあんまり変わらないんだ、って思ってない、ティム?」
「…う、うん、だって、た、確か2歳半くらい、じゃなかったっけ?」
「そうね。でも、それって、あたしたち位の年頃には、すっごく長〜くて 、ぜん・ぜぇん違う、って感じしない?」
「い、いいや、そんなことないと思うけど…たったそれっぽっち。」
「・・うふ。あのね、ティム。時間の事じゃなくって、進んでく‘距離’ってこと。」

「? 進む…‘距離’?」

「…そ。つまりね、カレンダーの日数のことじゃなく、その間になにが起きて、どのくらい経験してるか、っていうこと、っていうことかな。…わかる?」
「…た、たとえば、どういうこと?」
「う〜ん、そうね…。…ね、ティム。2年半くらいなら、自分とあたしが見てるものなんて、似たようなものだ、って思ってない?」
「まあ、そうじゃない…かな。」
「…あんまりいい、たとえじゃない、けど…キミと同じくらいの歳の女の子が立ってるときって、ふつう、自分の足が見えるよね。…あたしは見えない。だって、この胸なんだもん。…だから、もう、あたしはちっちゃな女の子、っていう訳にはいかない。…わかる?」

モリィは、ティムを見下ろし、困ったように、はにかみながら微笑みかけた。

ティムも、モリィを見上げる。…彼女の優しい、暖かい笑顔は、ティムの青ざめた、焦りと悩みの浮かぶ顔とまったく正反対。…ちょっとの歳の差だが、その態度は大きく違っている。。

とうとつに、ティムは、ローラとの別れ際の、自分とローラ、それぞれが感じていた気持ちの違い、その落差に思い至った。

ぼくは、冗談でナイトができるくらい、余裕があった。…でも、ローラは…?

そんなことを思い出しながら、ティムは、自分のあごのすぐ眼の前にある、モリィのセーターを盛り上げる、ものすごい双つの膨らみを見つめ直す。そして、その下に続く、月光で深い影がくっきりと落ちるウエストから、すらりとした脚線美までをゆっくりと見わたした。

身長が20センチ近くも低いティムの遠慮無い視線にも、モリィは嫌な顔ひとつ、非難さえせず、むしろ、自分の魅力的なところを見てもらっているという、誇りさえ感じる笑顔で、ティムを見下ろしている。

最後に、そんなモリィの笑顔を見上げ…ようやくモリィの言いたいことがはっきりと理解できた。

・・・距離、か。

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