【真琴と誠】


  その4)りか。

「それじゃ、みんな、ボウルの中に入れたアルコールに火をつけて〜」

茅野先生の合図で、みんな一斉に火をつける。

かすかに青白い炎が、ステンレスのボウルの中にわき上がり、おお、とか、わぁ、という小さな歓声があちこちで聞こえる。

「い、いくよ…」

ぼくの班で火をつけたのは、学だ。残りのみんなは、次の作業に合わせて、それぞれに準備をしている。軍手をつけた工藤さんが、火をつけたボウルの上にボウルをかぶせる役。同じく軍手をつけたぼくは、合わさった2つのボウルを、水槽に入れる役だ。

「…わああ、燃えてるぅ…」
「…当たり前だよ、火をつけたんだから…10時35分、点火、と…。」

ぼくの頭の上、はるか高いところから、ふだんよりはちょっとだけ小さな声がしたかと思うと、冷静な声がぼくの目の前から聞こえる。…上の方からのは、もちろん、真琴。そして、真琴に返事をしたのは、いつもクールな士郎。実験の記録係だ。

黒板には、「大気圧の強さ」「マグデブルグの実験」と書かれている。
…17世紀に、ドイツのある市長が、ドイツ皇帝の前で行った実験を再現してみましょう。…大気圧の説明のあと、茅野先生はそう言って実験を進めていた。

理科室は、5〜6人で1つの実験テーブルに分かれて授業をしている。ぼくの班はいつも最後列、窓際の方だ。

なぜって? もちろん、クラス1、いや学校1の大きさの、木原真琴・12歳がいるからだ。
身長2m15cm〜体重は…ヒ・ミ・ツ〜のおっきな、おっきな女の子。
前の方にいたら、まず後ろの人は黒板はおろか、先生だって見えなくなっちゃう。
おまけに、ふつうの教室なら用意できる特別注文の机と椅子も、理科室なんかの特別教室では、とても置くスペースがない。
仕方ないので、理科室では、真琴はいちばん後ろの、実験テーブルの‘お誕生席’が定位置。
家から持ってきた(これも特別製の)ざぶとんで、床に直接座ってもらっている。それでも、正座すると、頭の高さはぼくらが椅子に座っているのとほとんど変わらない。

ノートを書くのは、これまた、特別に作ってもらったA0サイズ(幅120cm長さ84cm)の画板を自分の膝の上に載せたのが机代わり。しかし、それでもノートを取るのはたいへんだ。

その原因は…学校1、いや市内でたぶん一番の、そのおっきな、おっきなバストだ。なんてったって1m50cmもう少しで、身長152cmの学を、胸周りで抜いちゃうかもしれない…。

隣に座る、ほくの眼には、胸板から、すごい膨らみが、2つの大きな山脈のように盛り上がっているのがわかる。…膝の上に置いた画板をお腹にぴったりくっつけちゃうと、長さの半分以上、4〜50cmは、その大きな胸の膨らみに隠れてしまう。

だから、ノートを書くときには、そのおっきな胸の前に画板を持ち上げたり、座ってる場所をさらに1m近く後ろに下げ、その分画板を膝の前くらいまで引き出したりしてる。…おっきいと、それだけ工夫がいるんだね…。

はじめての先生だと、いつもびっくりして、授業がぜんぜん進まなかったりするけど、茅野先生はじめ、クラスのみんなは、そんなことは慣れっこになっている。

今はもちろん、みんなの眼は、アルコールに火をつけたボウルに釘付けになってる。…膝立ちして、ぼくらより1m近く上から見ている、真琴もおんなじだ。

「ほら、工藤、そろそろ、ふた、ふた…」 「あ、う、うん」

青白い炎に見とれていた工藤さんが、濡らしたドーナツ型の厚紙をボウルのふちに載せた学にせかされて、えいっ、とボウルをかぶせた。

「ほら、セイくん、水槽を…」 …また、真琴の声が、ずっと上から聞こえる。
「…おしっ! いくぞ!」

工藤さんが自分寄りにボウルを置いちゃったから、向かい側にいるぼくからちょっと届かないので、席を立つ。
…と、ぼくはなにか柔らかいものに、ぼよん、とぶつかってしまう。

「きゃ…」「…?」

立ち上がった拍子に、ぼくの額は身を乗り出していた真琴のバストを直撃し、そのままの勢いで、身体が逆方向にはじき飛ばされていた。

「…お、おっとと…」 両腕を振り回して手がかりを探す。が、どこにも引っかからない…その時。

ふうわり、と背中を包み込まれる感触。

身体がほぼ後ろナナメ3〜40度の姿勢で、ぼくはにっこり微笑む真琴の顔と鉢合わせする。
…真琴が、倒れ込むぼくを支えてくれたんだ。

「ごめんね…だいじょぶ? セイくん?」 「…お、オッケー、さんきゅ、真琴」

真琴は、そのまま、くい、とぼくの身体をまっすぐに立たせてくれる。
ぼくがぶつかった、ものすごい膨らみのバストは、衝突のせいなのか、ゆったり、ふるるん、ふるん、と震えていた。特注のブラウスは、胸元にすごく余裕をもたせて作ったはずなのに、豊満すぎる胸の隆起にぱんぱんに張りつめている。砲弾のような膨らみから背中の方に、ぴん!と生地が引っぱられて、しわが何本も入っている。それは、ゆったりとしたウエストの部分の生地に入るしわとはまったく違い、今にも生地がちぎれそうだ。

とてつもないボリュームの、真琴の胸…つい、ぼーっと見とれていると。

「…10時41分。実験開始後、6分経過。」 と、士郎。
「おーい、ラブラブなのもいいけど、実験、続けようぜぇ」 これは学。
「わぁ、いいなぁ、西川くん…」 工藤さんだ。

ばしゃ! …ぼくはあわてて、ボウルを水槽に押し込む。冷たい水の感触で、ぼくも冷静になってくる。…ふ、と見上げると、まるきり気にもしてない、熱心に水槽をのぞき込む真琴の顔があった。

ちえっ…いいよなぁ。ぼくもこんなに無邪気でいられたら…

そんな想いも、茅野先生の声で中断する。

「はい! みんな、ボウルを水槽に入れた? …実験のおさらい、しとくわね。
 マグデブルク市長のゲーリケは、鉄の半球をくっつけたあと、中の空気を抜いて、馬を使って両側から引っぱったんだけど、びくともしなかったんです。
今、鉄の半球の代わりが、直径25cmのステンレスのボウルね。
この中でアルコールを燃やすと、中の酸素はなくなるわよね? おまけにアルコールが燃えると、中に残るのは二酸化炭素と水、燃えなかったアルコールの蒸気だけ。
二酸化炭素は水に溶けるし、アルコールは冷やされて液体に戻るから…」
「…そうか〜。ボウルの中って、ほとんど空気がなくなってるんだ…」
「その通りね、工藤さん。そうすると…、さぁ、みんなで2つのボウルを引っぱって外してみてください。」

茅野先生の合図で、班ごとにそれぞれに水槽に入れたボウルを取り出す。
今度は学が水槽のボウルを持ち上げて、思い切り引っぱるが、まるきりびくともしない。
周りでも「うぉーっ」とか「せーの」とか、かけ声は聞こえるけど、どの班でも、2つのボウルは厚紙を挟んだまま、ぴったりとくっついている。

まず学が挑戦し、次に工藤さんが、そして最後に、ボウルの片側ずつを、ぼくと士郎で両手で持って、力一杯引っぱったけど、全然だめだった。

「みんな、どう? これ、ボウルに周りの空気の力、つまり大気圧がかかっているから、なのね。大気圧の大きさは、1平方センチメートルあたり、1kgだから…」
そう言いながら、先生は黒板に書いてあった「大気圧」の横に「=1kg/…」と書き加えている。

士郎と2人でうんうん言ってる上から、真琴がつぶやくのが聞こえてくる。

「えと、ボウルの直径が25cmで…1cmあたり1kgってことは…球の表面積ってば、πに直径の2乗だから…。25かける25かける3.14で…。えーと…。うーんと…。ひゃあ、1962キロ?!
「…真琴ちゃん、すごーい! どして、そんなに速く計算できちゃうの?」

工藤さんの声に、ぼくと士郎は、ボウルを引っぱるのをやめて、ぽかん、として真琴を見上げる。…のんびりしてるようで、真琴は、へんなところで妙にアタマの回転が速い。…そういえば、小学校のときも、算数だけは得意だ、とか言ってたっけ…。

ちょうど茅野先生が、ぼくらの班のところに来ていた。真琴の計算が聞こえていたらしく、笑顔で話しかける。
「そうね、真琴さん…でも、中は完全に真空になってないから、ボウルにかかる力はそれより小さいの。それでも、1トン半くらいの力はかかってるはずね…そうそう、キミたち、真琴さんにもやらせてあげなさい。」
「…はぁはぁ…へぇ…あ、そうか。ほい、それじゃ。」

精一杯力を入れていた士郎が、肩で息をしながら、ぴったりとくっついたボウルを両手で手渡す。…真琴は、それを片手でひょい、とつかみ取る。25cmのボウルだと、ちょうどバスケットボールくらいの大きさなんだけど、真琴の手の中では、なんだかハンドボールかソフトボールくらいにしか見えない。

ボウルの両側を、大きな手ががっちりとつかみ、真琴は、でっかい胸の前に持ち上げると、軽く息を吸い込む。…すると、ただでさえ大きな真琴のバストがぐいん!とさらに膨れあがるいつも真琴は、きゅうくつだからって、ブラウスの上2つのボタンを留めてないんだけど、そこから肌色の塊が今にもはみ出しそうだ。

茅野先生は、悪戦苦闘しているみんなを見渡しながら、説明をしていた。

「…そうね、マグデブルグの実験では、真空にした鉄球を馬16頭で両側から引っぱったんだけど、びくともしなかった、という記録が残っています。」

ぼくは、茅野先生の説明よりも、真琴に気をとられていた。…胸だけじゃなくて、こんどは腕がぐぐぐっ、と盛り上がり、肩から二の腕にかけてのブラウスのしわが消え失せ、筋肉の膨張につれて、みるみるうちに生地がぱんばんに張りつめていく…。

「…木原さんが計算したけど、みなさんのボウルにも、少なくとも1トン半近い大気の力がかかっていると思います。だから、みなさんの…」

「…ん、んしょっ!」

べりっ! ばっこん!!

…すごい音がして、ボウルは2つに分かれていた。

「みなさんの…力では…1トン半…」 「…と、とれちゃい…ました…」

茅野先生だけじゃなくて、クラス全員があぜんとして、真琴と、その左右の手に包まれた、それぞれのボウルを見つめていた。

…1トン半、って…なんのことだっけ。…ぼくは、先生の言ったことがなんだったか、一瞬忘れてしまっていた。

よく見ると、2つのボウルには、力いっぱい掴んだ指の形にへこみができている。真琴の力は、腕力だけじゃなくて、握力も、すごいんだ…。

…身長2m15cm、上から150−69−121…すごいプロポーションの持ち主の真琴は、ただ大きいだけじゃなくって、とてつもない力を持った、女の子なんだ…。

「…あー、その、えへ、えへへへ……」

真っ赤になって、ボウルで顔を隠す真琴。身体をかがめて、せいいっぱいしゃがんで、隠れようとする。でも、どんなにがんばっても、そのおっきな身体で実験台になんか隠れられるわけがない。

「…ふひゃぁ…は、はずかし〜…セ、セイくん、た、たすけて…」

真琴は上半身を折り曲げて、体前屈のような姿勢をとっている。そのため、40cm近い砲弾のようなバストは、上半身と膝に挟まれ、今度は巨大なおもちのように左右に広がり、膝の脇にはみ出していた。
ぼくに助けを求めて、ボウルを持ったまま、ちょい、ちょい、と手招きするたび、その凄まじい膨らみは、むにゅむにゅと形を変えて腋の下で蠢いている。

…「たすけて」って言ったって…ぼく、どうすりゃ、いいっての!


	<Graphs-Topへ>  <もくじへ  つづき…のつもり?>