<ほんあんです>+ほとんど、そうさくにちかくなってきました…。

【お隣のちっちゃな妹】 ( げんさく:は、某外国の方です。 )


 スティーブの誤算




朝。

早めに家を出たローラは、教室に入ってびっくりした。…いつもなら、まだ来ていないはずのスティーブが、自分の席で静かにノートにペンを走らせている。どうやら、最初の授業の宿題をやっつけているようだった。

ローラは、なるべく自然に自分の席に着こうとする。が、緊張のあまり脚と手が同時に出てしまっていた。

( 「…血液…お、女の子の、あの…。……その、メ…メンスのときの、…でも…いい?」 )

自分でそう言ったことが頭の中でリフレインし、ほほが熱くなる。

そのぎくしゃくした動きに、スティーブが気づく。いつものように笑顔を緒見せ、話しかけてくる。

「やあ、ローラ、おはよう。ははは…テキスト、忘れちゃってて、宿題ができなくて…あれ、どうしたの? きょうは、ロボットになっちゃったのかい?」

ローラは、バックに入ったジップロックを胸に抱えると、ほほを染めただけではなく、顔中真っ赤にして、スティーブに返事をする。

「…え、あ、お、おはよう、スティ。…あの、その、あの、あのね、きのうの…あれ…」

とたんに、顔色が変わり、こんどはスティーブの方があわて始めていた。
「あ、ああ、きのうの、あれ、ね…」

いつになくあわただしく立ち上がり、その長身を折りたたみ、122cmのちっちゃなローラの耳元に口を寄せてくる。なすすべもなく、ローラは直立したまま、スティーブのひそひそ声に耳を傾ける。

「ちょ、ちょっと、ローラ、いいかな?」

そう言うと、スティーブはあたふたと、教室を出た。
話しかけられ、「あれ」と言われた瞬間、スティーブには、ローラがGSの話をしようとしたのがすぐわかった。それと同時に…昨日、帰りかけにティナの妹・リナにGSのことを話してしまった…そのことが、スティーブにとっては、なにかローラに対する裏切りのように思え、胸がちょっと締め付けられるような感覚に襲われていた。

自分の気持ちの整理がつかずに、スティーブは落ち着かない気持ちで脚を運ぶ。ふ、と振り向くと、焦って歩いていた彼のスピードに、ローラは小走りになりながらも、いっしょうけんめいついて来ていた。…スティーブの動きをじっと見つめ、まるで置いて行かれないようしている子犬のようだ。…そのひたむきな表情には、いつも眼を奪われてしまう。
自分の歩き方が早すぎるのに気づいたスティーブは、あわてて立ち止まる。

ぽふん。

焦っていたローラは、そのまま、スティーブの背中にぶつかってしまう。
「きゃ…」
「…あ、っととと…」

反動でころびそうになるローラの肩を、片腕で受けとめる。…ふぅわり、と、まるで重さがないような、しかし、女の子らしい柔らかな感触が腕全体に伝わってくる。

「…あ、ご、ごめんなさい…」
「…いや、早すぎたね、ごめん。だいじょうぶかな?」

こくり、とうなずきで答える、ローラ。と、その胸元にしっかりと、バックを抱きしめているのに気がついた。




数分後。

二人は、さいしょに成長促進剤・GSの話をした、体育館のそばにある水飲み場に来ていた。前と同様、スティーブは腰掛け、ちっちゃなローラを見上げる。

「…えっと、“あれ”って、あれ、だよね?」

その一言で、ローラは、ふたたび、かぁ〜っと耳まで真っ赤にする。が、なにかを振り切るように、ふるふる、と軽く首を振ると、えいっとばかりに、胸に抱えていたバッグをスティーブの前に差し出す。

「あ、あの、これ…その…あの、あ、あたしの…」

…あまりにも、いっしょうけんめいな、ローラの姿に、スティーブは気圧されてしまう。目の前には、白い霜がついた冷凍バッグ。中には赤い塊が封じ込められている。

その、バッグを受け取ると、つ、と眼を上げるスティーブ。目の前には、恥ずかしさで、顔を真っ赤にしてはいるが、とても真剣な顔つきで、自分の顔をじっ、と見つめている、“ちっちゃな・かわいいモップ”のローラがいた。

ああ…ローラは、ほんとうに、大きくなりたいんだ…。

そのいっしょうけんめいな、まなざし。…“ちっちゃな・かわいいモップ”がクラスの誰にも好かれるのは、こんなふうに、どんなことにも、いっしょうけんめいに、なれるところなのかもな…。

スティーブは、ふと、ローラのそういう性格や態度に思いが至ると、なぜか、同い年なのにもかかわらず、(守ってやりたい…)といった、年上のような気持ちになってしまう自分に気がつく。

これは、たぶん、彼女の兄・リックと付き合う中で、しょっちゅう“ちび妹”の話が出てきたことからくる、自然のなりゆき、だったのかもしれない。

…そんなことを、思いながら、スティーブはローラの顔をのぞき込む。

「…うん。わかった、ローラ。ありがとう…これで、きみの成長因子を取り出せる。…たいへんじゃなかった?」

ふるふる、と、軽く首をふる、ローラ。

「…う、ううん、だ、だいじょぶ。」

「少し、時間をくれる? メモにはああ書いたけど、まだ、いくつかテストしておきたいことがあるんだ。…き、きみからの贈り物、ちゃんと、生かさないと、ね。」

…バッグの中身のことを話すときは、彼の頬も真っ赤になる。しかし、ローラの、真剣なまなざしを見つめ、しっかり答えてあげる。

と、ぱぁっと、ローラの顔が明るくなる。

「…あ、ありがとう! スティーブ!」

感激のあまり、ローラは思わずスティーブの首に抱きついていた。

「…うわ、とととと…」

さすがのスティーブも、はじけるようなローラの動きを、やっとのことで受け止め、水飲み場に転げ落ちるのを食い止めた。

「…あ、だ、だから、準備が整ったら、また、教えるから…さ…お、おっととと…」

台所仕事が得意なローラは、用意周到にも、自分の〜じつは、姉のものなのだが〜血液を保存するための冷却剤や、それらを保冷するアルミバッグまで持ってきていた。

スティーブは、それらを受け取ると、ローラがいかにGSに期待しているのかを、さらに強く感じた。

自分のロッカーまでそれを持ってきて、改めてぺこり、と頭を下げて、小走りに戻っていくローラ。…その後ろ姿を見送りながら、スティーブは、そのアルミバッグをぐっと握りしめた。

(なんとしてでも、彼女の希望に応えてあげなきゃ…。)




そして、放課後。

部活の準備や、掃除、そして家路を急ぐ生徒たちで学校中がにぎやかな時間。

ロッカールームに、ぼーぜんと、立ちつくす、すらりとした背丈の人物がいた。

スティーブだった。

その両手には、ひんやりとした保冷バッグがあった。

ひとつは、朝、ローラから受け取ったもの。

そして、もうひとつは…。

ティムの妹・リナからのものだった。

(…どうしよう…忘れてた…)

(…リナ、にも、約束、したんだっけ…)

5分前。リナの、またしても蠱惑的な接近に、スティーブは翻弄されていた。

( 「あら、スティーブ。ちょうど、よかった…はい、これ。」 )
( 「うふん…わたしの………よ。これで、いいかしら? …これであなたの薬を…」 )

( 「…できたら、教えてね…。楽しみに、してます…ね。」 )

うわあ…ど、どうすれば、いいんだ?

スティーブは、自分の、優柔不断さを呪っていた。

自分のちっちゃさを、なんとかしたい、と思っているローラ。
自分の、魅力を、さらに大きくしたい、と考えているリナ。

…両方、同時になんて、とてもできない。

どっちを…先に…。

今までの実験から考えて、まったく副作用はない、と見ていい。問題は、どの程度、効果が大きくなるのか、だ。

まだ、血液中の成長因子と、GSの効果との相関関係がはっきりしていない。…ただ、もともと持っている外観〜いわゆる遺伝学でいう“形質”に近い〜が、かなり大きく関わっているらしい、ということは、経験上わかった。

つまり、簡単に言うと「大きな人はより大きく、小さな人はそれなりに」ということだ。

そうか。それなら…

スティーブは、あることをひらめいた。

まず、リナの血液で、試してみよう。…それで、うまくいったら、その成長因子を細かく分析してみる。そこから、遺伝の要素では“ない”部分を抽出することができたら…。

それを、ローラの成長因子に組み込めば、ローラのために作るGSの効果が大きくなるにちがいない…。

血液から、因子を取り出すのにはそう手間はかからない。そう、2〜3日ってところだ。…よし。まず、リナから、はじめよう。

スティーブは、そう決心すると、急いで荷物をまとめ、ロッカールームを出た。…これからは、毎日、研究室と往復だな…

決心してしまうと、ひたすらゴールに向かっていくのが、スティーブの持ち味でもあった。




しかし。

スティーブが知らないことが、あった。

ローラも、リナも、自分自身の血液を、持ってきたわけではなかった。
ローラは、姉の“モリィ=マウンテンズ”のものを…。

リナは、ピーナツの食べ過ぎでのぼせ上がった、兄のティムが出した、大量の鼻血を、ナプキンで吸い取ってきていたのだった。

かたや、伝説のグラマラスな、女性のもの。
かたは、男の子のもの。

どちらも、姉・兄のものだったが、それから、どんなGSができるのかは、誰にもわからない…。

さいしょの、答えは、リナのGS…



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