みなさん、よくご存じの方から、おはなしをちょうだいしました。 しかも、大幅加筆修正!
おはなし、でのおうえん、ほんとうにありがとうございます。こころから感謝いたします!

こんかい、和風のふんいきを出すために、明朝体の表示テストをしています。
だいぶ大きめかとは思いますが、読みやすさなども、ご感想いただけると幸いです…



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 ぶくぶく。 

 さく: 笛地静恵 
version. 0.4 (2006.03.29)

version. 0.3をお読みになりたい方は、こちらへ。

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恐るべき君らの乳房夏来る 西東三鬼



1.女坂本龍馬 ---------------------------------------------------------------

今年も、ついに花粉症の季節がやってきてしまった。何が起こるか。予断を許さない情勢である。

あたしたちの竹取町の中央部には、青く大きな竹取川が街を二分するようにして流れている。河川敷一面に、セイタカブクブク草が、小さなピンク色の花をさかせていた。正式名称はしらない。この地方では、そういう言い方をしていた。

外来種なのだろう。あたしが、小さな頃にはなかった。でも、小学校の高学年の頃から、あっという間に増殖していった。多くの自転車通学の学生が、竹取川の土手道を活用している。ショートカットになる。嫌でも毎日、ピンクの群落を観察することになってしまう。

今までは薄(すすき)が茂って、猫の毛並みのように柔らかい銀色の波を作っていた場所だ。そこを占拠していた。生物の先生の話では、薄の根は、セイタカブクブク草よりも短いらしい。だから、より根の長いセイタカブクブク草との地下の陣取り競争では、簡単に負けてしまうらしいのだ。きっと、お前はここから出ていけと、根っこ同士が、細い手を出し合って、地中で殴り合いのケンカをしている状態なのだろう。

セイタカブクブク草は、背丈が高く、すっきりとしなやかな植物である。立ち姿が美しい。ピンクの花の色も可愛らしい。清楚な色だった。でも、人によっては、花粉がくしゃみや喘息の原因となる。アレルギー性の発作を起こす。それで、嫌われていた。和歌の場合は、その症状が、人よりも極端で、激越だった。

そろそろだと思っていた。あたしの友だちの色藤和歌(しょくどうわか)は、重症のセイタカブクブク草の花粉症だった。杉花粉を主な原因とする、日本人には、ありふれた症状ではない…それが厄介だった。

今朝も、竹取高校に登校する時から、黒い瞳が、ぬれたようにきらきらしていた。長い睫にも涙の粒が、きらきらとたまっている。美しい瞳だが、実は、ド近眼なのだ。前髪を水色のカチューシャで持ち上げている。聡明そうな広い額を出していた。

授業中だけは、洒落たデザインの青いツルの眼鏡を着用している。コンタクトは嫌いだという。眼の中に、小さなゴミが入っても痛い。大きなコンタクト・レンズが、人間の目玉に入るはずがない。それが持論だった。コンタクト歴五年になる、大先輩のあたしの薦めにも、いっさい耳を貸さなかった。子猫の柄のハンカチを、鼻にあてがっていた。憂鬱な表情をしていた。

「なにが悲しゅうて、春のいちばんいい季節の到来に、ワシは、涙を流さなくちゃならんのだ。
…“目にぶくぶく、川ピンク色・花粉症”だ!」

 和歌独特の口調で、ぼやいていた。頬の丸みに、まだ幼さが残っている。可愛いという顔立ちの女の子だ。それなのに、言葉は、おっさんそのものだった。坂本龍馬の大河歴史テレビ・ドラマのファンになって以来、心酔しているのだ。女龍馬になりきっているつもりでいる。あやしげな土佐弁を使う。影響を受けやすい性格だった。

本人は、いたって美少女である。特に唇が厚い。口紅もつけていない。血に濡れたように、ぬれぬれと赤く染まっている。ぽってりとして、肉蒲団のように柔らかそうだった。あたしが、男だったら、唇を重ねて熱烈なキスを奪おうとするだろう…夜毎の夢にも見るほどに。もっとエッチなことを考えるかもしれない。

しかし…和歌は、男子生徒の欲望に満ちた視線など、全く気にしていない。誰に対しても、分け隔てなく話し掛ける。大口を開けて、明るく笑っている。男子の受けは良かった。その人気を、やっかむ女子がいるのも、また自然の成り行きだった。

大股で闊歩しやすいようにと、限界まで短くしたチェックのスカートで、自棄(やけ)になってペダルと格闘していた。やわらかそうな大きなお尻が、皮革のサドルに顔面騎乗している。窒息させて息を止めようとしている。むちむちと、挟み込んでいる。ありったけの欲求不満をぶつけていた。肉付きの豊かな太ももが、白い付け根の限界まで、見えそうだ。ミニのビキニ。明るいライトブルーのパンティ。布のサイズは極小。割れ目に食い込んでいる。
…和歌は、平気の平左だ。が、後ろにいるこっちが、やきもきしてしまう。

「胸が、かゆいんじゃあ〜!」

いきなり自転車を道端に止めた。片方の足で爪先立ちになっていた。黒のローファーで、オオイニフグリの小さな青い花を踏み潰していた。制服のブラウスの上から、両手の指先を立てた。胸元を掻き毟っている。

がし、がしがし、がしがしがし…ぐにゅんぐにゅんぐにゅもにゅ。

凄い光景だった。ブラウスとブラジャーの上から、大きな乳房を持って揉み解すようにしている。乳首が、つんと立っているのが、あたしにもわかった。


巨乳といえば、二年三組の同級生の女子は‘猛者’ぞろいだ。その中でも、もっとも厚く高く、制服の白いブラウスの胸を盛り上げているのが、和歌だった。紺のブレザーの下でも、圧倒的な量感が分かる。
本人の申告では、90センチのEカップだ。…実際は、もっとある。触ったことがあるから分かるのだ。

あたしだけではない。男子生徒にも、「ほれ、触ってみい」と薦める。

「減るもんじゃなかとよ〜。良か。良か。おなごの乳房というのは、マシュマロみたいに、柔らかいのじゃけん。味わってみい〜」

あたしと同じ、文芸部に所属する真面目な五郎君は、いつも餌食にされていた。ブラウスの胸を、二頭の鯨の頭部のように突き出して追いかけてる。彼は、顔を赤くして廊下を逃げ回っていた。小柄なので、脚も短い。女子としては大柄でコンパスも長い和歌に、すぐに追いつかれる。
いつも教室の隅に追い詰められていた。「ぱふぱふ」をされた。男子の顔面を大きな胸に挟む。しばらくは、出してもらえない。…美少年がいると、すぐにこの刑の餌食にする。出してもらったときは、窒息寸前という状態だった。

和歌なりの愛情表現なのだが、見ていて可愛そうだった。


和歌のスリーサイズは、一応は、90−60−90。身長は、168センチ。最近の女の子としても、ちょっと大柄な方。体重は、秘密。生年月日は5月14日。血液型はO型。趣味は、読書とカラオケ。高校二年生の現在は、水泳部に所属。1キロメートルは軽い。
料理も上手い。焼肉とキムチなど辛いもの系が好き。

…あたしは、和歌のことなら、なんでも知っている。幼な馴じみなのだ。彼女の特異体質の花粉症についても、中学校の時から付き合ってきた。


三時間目の休み時間。竹取川に面したグラウンドの方向から、暖かい風がそよそよと教室に流れ込んでいた。

竹取高校は、鉄筋コンクリート五階建て。築三十年になる。それなりに、がっしりとしている。三階に一年生。四階が、あたしたち二年生。三年生が、最上階の五階。一階に職員室や校長室や事務室。二階は、共用の音楽室や料理室があった。

生徒達は、思い思いにリラックスしていた。おしゃべりをしているもの。文庫本を読んでいるもの。
四階の窓からは、竹取川の青い流れと、岸辺のピンク色の群落が見下ろせた。流れ込んでくる春風が、和歌の茶髪にも涼しげに戯れていた。


悲劇は、突然に幕を上げた…。

和歌が、くしゃみを始めた。

 くしゅん。ぶく。

 はくしょん。ぶくぶく。

 へっくしょい!! ぶくぶくぶく。


解説しておこう。前半が、だんだんくしゃみが、激しくなる擬声語。後半が和歌の胸元が膨れていく擬態語である。

彼女は、セイタカブクブク草の花粉症のアレルギー体質のために、乳房が腫れ上がって巨大になってしまうのだった。


 最初の「ぶく」で、ただでさえ蜜柑ぐらいに大きかったものが、夏蜜柑に変化した。オレンジ色のフロント・ホックのブラジャー。その止め金具が飛ぶ。AHODAS(アホダス)の強靱な伸縮性を誇る生地のスポーツ・ブラでも、対抗できない。

 次の「ぶくぶく」では、ブラウスの胸ボタンが弾けとんだ。夏蜜柑は、カリフォルニア産の陽光をたっぷりと吸ったグレープフルーツに変化した。和歌の頭部の水色のカチューシャが、ブーメランのように前方に飛んでいった。黒板に当たって跳ね返されていた。硬い音がした。

 おしまいの「ぶくぶくぶく」では、日本の夏を代表する畑のスイカになる。ブラウスがびりびりと、絹を裂くような悲鳴を上げて破けた。スカートのファスナーも裂けて弾けた。和歌は、両手で巨大な胸元を隠して立ち上がっていた。スカートが太ももを滑り落ちていく。

これが、騒動をさらに悪化させた。スイカ二個を、胸元にぶらさげて、簡単に立ち上がれる女はいない。和歌でも無理だ。背骨を痛めてしまうだろう。

彼女の体の凄いところは、このアレルギー体質に対応するために、全身を変化させていくことだった。重量を増した乳房を支持するためには、胸の筋肉が発達しなければならない。そのためには、筋がのびる必要がある。筋が延びれば肋骨も伸びる。肋骨が広がれば、それを支えている、背骨も太く長くならなければならない。当然、腰骨も強化される。そうすれば、そこからつながる脚の骨と筋肉も、増強されなければ、全身を支えることができない。筋肉と骨格を動かしているのは、内臓器官である。これらすべてを、神経系統を通じて統括する中央司令室である脳も、膨大な体内情報を処理するために、容積を増していく。

平たく言えば、和歌の全身が巨大化していった。

昨年までは、この過程で、和歌は生まれたばかりの姿を、全校生徒の視線にさらすことになった。しかし、今年は、準備がなされていた。少なくともウルトラビキニの、ライトブルーパンティだけは、この巨大化にも対応できる伸縮性能を持っていた。全国で若い十代の女性のみに多発する、この乳房と全身の巨大化する花粉症に対応するために、各メーカーとも新商品を開発し、発売を開始していた。

和歌のものは、これもスポーツメーカーのAHODASのものだった。ブランド品だ。しかし…

和歌の股間を見上げている私には、今、一歩の改良の余地があるように思えた。確かに、破けはしなかった。だが、あまりにも生地が薄くなってしまった。透けて見えるのだ。和歌の陰毛から性器の形まで、精力満ちあふれた高校生の男子たちの飢えた視線に、隅々まで開陳してしまっていた。

和歌も、上半身を隠すことだけに意識を集中していた。

あんな大胆な遊びを五郎君とする彼女には、実はその背後に、胸が大きすぎるのではないかという、秘めたコンプレックスがあるのだ。・・・ああ、複雑微妙な乙女心。

そのために、下半身が、あまりにもノーガードになってしまった。この女性フェロモン満開の攻撃に、多数の男子生徒が、急速な血圧の上昇に襲われていた。鼻腔の粘膜下の血管が弱いものから、大量の出血をした。ショック症状によって、失神していく。…あっという間に、教室内が深紅に染まった。

女子生徒も、ただではすまなかった。阿鼻叫喚の悲鳴が交錯した。不意に立ち上がった和歌の茶髪が、天井のスレートを頭突きした。天井板がウエハースのように、脆くも砕けていった。破片が落下していた。同時に頭上の蛍光灯を、二つにへし折っていた。青白い火花が散った。どういう配線なのか、教室中の蛍光灯が、次々と爆発していった。

和歌の頭は、五階建て鉄筋コンクリートの五階部分の床を作っている構造材に激突した。それに罅(ひび)を入れた。

ずず〜ん!!!

重厚な爆発音が轟いた。上の階の上級生の中には、この衝撃で、天井にまで弾き飛ばされた者までいたという。

和歌の頭蓋骨に、罅は入らなかったのはさすがだった。毛の生えた脳髄と呼ばれている。が、この衝撃には、さしもの女龍馬の大脳も耐えられなかったようだ。

「なんじゃア、こりゃあア〜!!」

男のようなドスの効いた低音のうめき声を上げて、後頭部を押さえていた。ありもしない煙草を、胸元から取り出そうとするような手の動きを示しながら、うつぶせに倒れこんだ。
…天性の芸人としての資質を示すパフォーマンスだったと評価できるだろう。最近の女子校異性は、DVDで歴史的名作をチェックしている。その情報量は、馬鹿にできないのだ。

彼女の巨体の下敷きになった机と椅子は、もう使い物にならなかった。パイプがぐにゃりと曲がった。天板が割れてはじけ飛んだ。男子が隠していた、エロ漫画週刊誌のグラビア写真の少女が、床の上で大股を開いていた。

あたしは、短時間だが、他の多くの級友と同様に、失神していたようだ。気がついた時には、運動神経の鈍い五郎君が、不運にも和歌の右の乳房の下敷きになっていた。蛙のように押しつぶされてしまっていた。
彼は司馬遼太郎の文庫に読みふけっていたようだ。そのせいで、逃げ遅れたのだ…。

駆け寄った。和歌の身体を持ち上げようとした。どかせない。自動車が乗り上げたようなものだった。


2.花粉症候群 ---------------------------------------------------------------

男子が力を合わせた。和歌のおっぱいをどかすために、五人の男子が、死力を振りしぼらなければならなかった。
…赤ちゃんが眠っているお母さんの、おっぱいの下敷きになってしまったとしよう。同世代の赤ちゃんたちが、仲間を助け出そうとして、必死になっているようなものだった。
それぐらいの体格と体重の差があった。五郎君は気を失っていた。唇の端から、赤い血が流れていた。

「和歌、和歌、身体を動かして! 五郎君が、五郎君が死んじゃうよ!!」

和歌の、あたしの親指でも突っ込めそうな、大きな耳の穴にどなった。

「うう〜む」

和歌は、唸りながら、ごろりと仰向けになった。ようやく五郎君を助け出すことができた。

彼は意識を失っているのに、苦痛に悲鳴を上げていた。左腕と右足が、普段ではありえない、妙な角度に曲がっていた。骨折しているのだった。

ようやく、校舎中にサイレンが響き分かった。和歌の倒壊が、大地震と匹敵する衝撃となって、竹取高校の校舎全体を振動させていったのである。自動防災システムが、大地震の来襲と事態を判断したようだった。校内放送で、全校生徒に校庭への避難命令が出ていた。

あたしたちは、このときのために用意した防災頭巾をかぶり、左手の肘を右手で掴んだ。…前の者を押し倒さないように注意しながら避難、という指導がなされていた。しかしこの惨状では、日頃のそんな甘い教育的指導などは、忘れはてている。こうなると人間も、浅ましい一匹の獣だった。生物としての自己保存の本能によって、自分の命欲しさのみから、盲目的に行動する。廊下も階段もパニック状態である。爆発(としか思えなかった)現場から、我先にと見苦しく逃亡した。
この騒動によって、さらに二十数名の重軽傷者が発生した。

あたしが、この馬鹿騒ぎに巻き込まれなかったのは、無防備な親友と五郎君を、できるだけ守ってやろうと、現場に留まっていたせいだった。

白衣の救急隊が到着した。和歌を見て口笛を吹いていた。災害現場の被害者に対して、なんて不謹慎な…。

ちょっとムッとしているうちに、まず五郎君から、担架に乗せられていった。

仰向けになった和歌の身体の上に、悪いが土足でよじ登っていた。別の救急隊員が来る前に、限りなく透明に近いブルーになったパンティの茂みの真上に、自分の体操服を差し込んだ。ゴムがきついので苦労した。
それから、なぜかゴルフボールぐらいに勃起したままの固い乳首を、和歌と自分の紺色のブルマで包んだ。育ちすぎたお化けスイカのような容積をもった乳房全体については、どうしようもなかった。無意識に和歌の巨大な両手が、覆い隠している。
それをどかすことは、あたしの一人の力では、とてもできなかった。樹齢百年を超えた倒木を、素手で動かそうとするようなものだ。どうしようもなかった。乳首は、指の間から出ていたので、かろうじて、どうにかなったが…。

警官隊と救急車が、校庭に何台も到着していた。赤い回転灯とサイレンが、ものものしい雰囲気をかもし出していた。窓の向こうでは、屋上から、水がざあざあと大雨のように流れ落ちている。和歌の転倒の衝撃で、給水塔のタンクが倒れたようだ。

ひとまず避難ができた生徒達は、体育館に集合させられた後、帰宅することになった。

和歌自身の救出は難航した。高層ビルの工事用の巨大クレーン二機が、校庭に搬入されて設置された。あたしたちの教室のある三階の壁を壊した。半裸の巨大少女を吊り上げて、どうにか無事に搬出することができた。…救急隊員の到着から、さらに四時間以上が経過していた。

あたしは、親友だということで、同席させてもらっていた。可愛そうだったことがある。
和歌は一度、意識を回復したのだ。確かに視線はぼんやりとしていた。
が、「ワシは、自分の足で歩くんじゃ〜!」と、はっきりと意思表示をした。

しかし、いかにも聡明そうな、そしてその分融通の利かなさそうな、黒縁眼鏡をした白衣の医師に、まだ意識が‘混濁’している、そう診断された。

「今以上に、暴れて被害を出さないようにしませんと、ね!」

…クレーンのうなりに負けない大声を出して、集まった警官たちにはっきり宣告していた。
そして、抹香鯨でもいびきをかきそうなほどに強力な麻酔薬を、無慈悲にも大量に注射されていた。…特製らしい、とんでもなく巨大な注射器。筒を4〜5人がかりで持ち上げ、ピストンを動かす圧搾空気が、重苦しい音を立てていた。

全国で頻発する、少女の花粉症による巨大化事件。それらに対応するために、医師も、それなりのノウハウを積み重ねているようだ。対処法の実験台にされたらしい。和歌が意識を失う過程を、彼は黒縁眼鏡の奥から鋭い目付きで観察していた、
和歌の太い手首にうっすらと浮かぶ、親指ほどの太さになった静脈に小さな手を当てながら、腕時計の文字盤と、麻酔が効いてきて朦朧となる和歌の表情を、交互に観察する医師の冷酷な表情が忘れられない。
・・・珍しいモルモットを眺めるようだった。興味津々、研究室で実験の経過を見守る目つきだった。


美人の親友は、サッカーボールぐらいある大粒のよだれを、赤くぷっくりとした唇の端から垂らしていた。遠雷のような鼾をかいていた。このころには、学校の周囲の道路は、野次馬で、一杯に埋め尽くされていた。美人の巨大女子高生のヌードが、無料で見放題なのだ。
すでに女をやめたような中年の女性たちもいたようだ。「ひどいわね〜」「こんな猥褻なの、隠さないでいいの?」「これじゃあ他の生徒が可愛そうよねぇ」…無遠慮なつぶやきがここまで聞こえてきた。
…声のする方を見ると、男性とは違う視線を感じる。言葉とは裏腹に、その奥には、何倍にも拡大されてもきめ細かく、つややかな親友の肌の若さと張りに対する羨望と、それ以上に激しい嫉妬が混じっていた。

和歌は、大群衆の無遠慮な視線にさらされながら、陸に上がった鯨のように無抵抗だった。十二トントラックに載せられていく。そんな親友が、哀れで涙が出た。あたしのせっかくの救急手当だったブルマも、乳首から外されていた。跡形もなかった。

花も恥らう女子高生の身体に、消防隊員が我が物顔で登っていた。鋼鉄のロープで、ぐるぐる巻きにしていった。転落防止という話だったが、拘束しているようにしか見えなかった。

さらに巨大化した和歌の、左右の乳房の上に乗っている消防隊員の姿が、赤い小猫ぐらいにしか見えなかった。和歌は失神しながらも、巨大化を続けていた。ぷる、ぷると少しずつ膨張していく柔らかい肉の丘の上で、バランスを取るようにしている。
彼は、吊り上げられる和歌の、固い乳首に片手で捕まっていた。もはや気象観測用のバルーンほどにまで成長した肌色の房に、足もとが沈み込み不安定になるのを、重心をとるように身体をゆらゆらさせていた。
なぜか乙女のパンティの股間に潜り込んで、もぞもぞと蠢いている人影もあった。あたしのせっかくの体操服も外されていた。
・・・何のため? そんなことをする必要があるとも思えなかった。




次の日。早朝の天気予報では、花粉の産出量が、今年のピークを示すと、酔っ払いの気象予報士が断言していた。あたしの気持ちは、昨日の和歌から境遇の変化を考えて、重く沈んでいた。だが、和歌の方は、全くめげていなかったのだ。


「ほいじゃあ、行こうぜよ」

明るい声だった。あたしの二階屋根の真上から、女性としても低めの、和歌の良く響く声がした。メガフォンで増幅したような音量だった。家中のガラスが、今にも割れそうに振動していた。和歌の巨大な大木のような太さの足首が、庭先に聳えていた。
あたしの家の前は、アスファルトの道路になっている。そこに和歌の素足が、沈み込んでいた。可愛い素足の五本の指。その指の形を、克明に刻印していた。膨大な体重になっているのだ。昨日よりも、さらに巨大化していた。

あたしは、学校指定の黒のローファーを、指先にぶら下げて上がっていった。二階の自分の勉強部屋から、屋根の上に出た。和歌の青い水玉模様のビキニの胸元に飛び込んでいった。どうやらカーテンの生地を縫い合わせて、即席の衣服に仕立てたらしい。さしものAHODASの新製品の耐久性能も、昨夜のうちに限界に達したようである。

彼女は、全くめげていなかった。昨夜は、病院の駐車場で夜を明かしたという。頭にたんこぶを作っただけだ。頭蓋骨にも脳波にも異常はなかったという。

「少しは、ワシの頑固な頭も、柔らかくなったかもしれん。そう思わんか?」

…そういう問題ではないような気がするが。あまり深刻に悩むのはやめた。


あたしは、旧友の深い谷間に揺られながら登校していた。片方の乳房だけで、ゆうにフォルクスワーゲン一台分位の体積があった。竹取川の土手を、のしのしと登校していった。
快適だった。視点が高い。眺望がいい。何トンもの乳肉が、あたしの左右で、ゆさゆさと肌色のゼリーが波打つように重く柔らかく揺れている。空気には、女子高生が一日中、激しい試合をし続けていた、体育館のような匂いがした。猛烈に女臭かった。凄い迫力だった。

セイタカブクブク草のピンク色の群落を見下ろしていると、ぐしゅ…と、頭上から湿っぽい音が聞こえた。

見上げると、和歌の巨大な、あたしの腕でも入りそうな鼻の穴から、透明な液体が、どろりと流れた。やばいと思った。しかし、どこにも逃げる場所はなかった。

ぶえっくしょい!!

和歌が、くしゃみをした。温かい唾のしぶきが、飴あられと降り注いだ。一滴が、ピンポン玉大の大きさがあった。

ぶくり。ぶくり。ぶくり。

カーテンのビキニが解けた。風に流されて竹取川の上を羽衣のように舞っていく。それを拾いに行って、なお遅刻しなかったのは、和歌の脚の長さの賜物だった。


学校に到着した。取り壊された学校の壁も、すっかり元通りになっていた。怪獣映画を見ていると分かることだ。日本の建築技術は、耐震性能には疑問があっても、ともあれ世界最高の速度を誇る。その事実が良くわかった。

体育館に全校生徒が集合していた。朝礼があった。整列した生徒に、同級生の五郎君が重態だという報告が、校長先生の口からなされた。病院で面会謝絶の状態だ。複雑骨折と内臓破裂の重傷を負った。長期の入院をすることになってしまった。少なくとも三〜四ヶ月間は、退院できないだろうということだった。
だが、命に別状はないということだった。不幸中の幸いである。
和歌はさいしょ、眉間に険しいしわを寄せて聞いていたが、校長先生の説明が進むに連れ、じょじょにその硬い表情が和らいでいった。列の最後尾で神妙な表情で正座していた。

「…皆さんは心配せず、学習に、部活動にいそしんでください。」
校長先生がそう締めくくると、赤い唇元から、汽笛の様なため息が漏れるのを、全校生徒が聞いていた。


あたしたちは、ともあれ平常どおりの授業を受けていた。校長の言葉によれば「歴史と伝統のある進学校である竹取高校」では、何が起こっても日々の学業に休みはないのだ。

和歌は、校庭に横座りをしていた。まだ少しだけ黒い染みが残っていた。彼女の体重に、グラウンドの地面が沈みこんでいた。無数の割れ目が走っていた。
脚の組み方を変えようとして、ちょっと身動きする。それだけでも、教室の中は、大地震のように、ぐらぐらと揺れていた。生徒は不安そうな表情で、和歌の方にちらちらと目をやっていた。昨日の大惨事の記憶が生々しかった。

和歌は、というと…黒板の小さな文字を、近眼の目を細めて、窓の向こうからけんめいに凝視していた。
ばさばさ。羽音のようが聞こえる。何だろうと思っていた。カラスでもいるのか?
…違っていた。大きな濡れたように輝く黒い瞳。その上を、長い睫をサーベルのように立てた瞼が、音を立てて上下しているのだ。

普段なら、その青いツルの眼鏡をかけた表情を見ることができるのは、同じ授業で彼女と一緒になった生徒たちだけの特権だった。裸眼のときとは違った魅力がある。特に男子の中には、見とれすぎて先生のチョーク投げの格好の標的になるものもいた。

今はもちろん、彼女の顔に合う眼鏡は、なくなっていた。しかし、窓の外にある、ふたつの漆黒の睫と瞳は、その大きさの何倍もの魅力を、羽音とともに教室の中に送り込み、先生さえも時折動きを止め、見ほれるほどだった。

ノートと鉛筆代わりに、障子紙を何枚も綴じたものに、竹取町内最大の筆を使っていた。竹取寺の住職が、書き初めの日のために常備しているものだ。その長さは軽く大人の背丈ぐらいある。行動力のある和歌は、早朝に寺に出向いて借りてきたらしい。それで、細かく授業のノートを取っていた。厚い下唇を前歯で噛み締めるようにしていた。彼女が真剣になっている時の表情だった。

階下の三階の一年生の男子。彼らこそ、気が散ってたまらなかっただろう。即席の水玉ビキニから溢れそうな巨乳が生み出す、和歌の艶めかしい胸の谷間が、教室の窓全体を、占領しているのだ。映画スクリーンにアップになったぐらいの大きさだった。柔らかい春風に乗って、和歌の周囲にふんわりと漂っている、持ち前の、あの甘い香りがすることだろう。別に、香水などはつけていない。彼女の髪や肌からの自然な匂いなのだ。美人は体臭まで美しい。

ふと窓の外を見やると、和歌は、可愛らしい鼻の頭に皺を寄せていた。むずむずとさせていた。息を吸い込んでいた。

やばい! 「全員、待避!」 あたしは叫んだ。 生徒全員が、机の下に隠れた。

ぶあっぐじょい!!

湿った突風が吹き込んできた。教室の窓硝子のすべてが、内側に割れた。あたしたちの上に降り注いだ。教壇の上で彼女の瞳に見とれていた太めの先生が、ふわっと浮き上がり、廊下側の壁に吹き飛ばされていた。教卓の下に入ればよかったのに、逃げ遅れたのだ。鼻水が、べっとりと教室中に、ばらまかれていた。

ぶくり。ぶくり。ぶくり。ぶくり。

和歌のおっぱいは、校庭の砂山ぐらいになっていた。それでも、彼女は物怖じしない。驚嘆すべき意志の強さだった。もし、自分が和歌の立場になったら、将来を悲観して泣いてばかりいることだろう。この友人は、尊敬に値した。ただし、ちょっと計算高いところがあった。

休み時間は、広い校庭を占領して、仰向けに横たわっていた。男子生徒を、胸の上に登らせて、自由に遊ばせていた。(さしえ)

「へるもんじゃあるまいし、自由に、やらせとけばいいんじゃ。これも、青春じゃきにのオ」

女龍馬は、豪快に笑っていた。ただし、五郎君に対するように無料ではない。遊興料として、一回いくらという代金を徴収していた。その係が、友人のあたしである。和歌の脇の下で、破れたブルマから造った袋に、硬貨を入れさせていた。
徴収した者から、おっぱい山に登れる。追加料金で、下半身の冒険も可能である。神秘の洞窟探検もあるというのが売りだった。
今の彼女に、そんなことは、いけないことだからと、注意できる勇気のある先生は、歴史と伝統のある、わが栄光の竹取高校にも、校長先生を含めて一人もいなかった。


3.小人の街で ---------------------------------------------------------------

和歌は、自分に屈辱感を与えた消防隊員に、報復をしていた。

彼女は、竹取町一番の超長身のせいで視界が高い。竹取町の中央部に位置する、消防署の火の見櫓よりも、遥かに視点が高くなっていた。
あるとき、ボヤの煙を発見した。脚の長さを生かして、消防自動車よりも、いち早く火事の現場に到着していた。市街地の家々の上を跨いでいた。道路に関係なく、直線距離で移動したのだ。

現場にしゃがみこんだ。手に軽いやけどを負いながらも、一人暮らしの寝たきり老人を、黒煙と猛火が噴き出す二階の部屋の窓から救出した。彼女は、豊かな下腹部の貯水タンクに、大量の水分を溜め込んでいた。それを、ためらうことなく無人だった火元の一階部分に放水していた。そのため、消防自動車が現場でホースを出す前に鎮火していた。

人命救助の貢献によって、消防署は和歌を表彰せざるを得なくなっていた。

消防署の屋上にしゃちほこばって居並ぶ署長以下幹部たち。建物の裏の訓練場に、きちんと正座する和歌。副署長に支えてもらったメガフォン越しに、表彰状を読む署長の声を、すまして聞いている。賞状を受け取ろうと、上半身を前に乗り出すと、巨大な二つの膨らみが建物に押しつけられた。激しい振動。屋上の幹部たちは、普段の威厳など吹き飛び、尻餅をつき、へっぴり腰でうろたえていた。署長だけは、必死にバランスを取りながら、自分の胴体ほどの太さの指にB全版の特製賞状を手渡す。

「ありがとうございます。」

何事もなかったように、和歌はたおやかに微笑むと、切手大にしか見えないだろう賞状を両方の人差し指で器用につまみ、前屈みになると、深々とお辞儀をした。さらに首の下で何かが崩れていく音がした。
彼女が後ずさると、消防署の外壁には見事に丸いくぼみがふたつ、できあがっていた。

彼女の健康状態は、竹取町の医師会が交替で診療をしている。ところが偶然にも、和歌に睡眠薬を注射した黒縁眼鏡の医師が、診察の当番に当たった日があった。どうやらどこぞの有名大学医学部の研究職らしかった。
和歌は胸が苦しいと言って、医師を自分の胸の谷間に誘い込んだ。意外なことに、医師はユデダコのように顔を真っ赤にし、咳払いをしながらよじ上ってきた。滑り落ちないように両手両膝を突き、急激なアーチを描いて落ち込んでいる谷間の手前で、厚い皮膚に聴診器をあてがっていた。
さわさわさわ…和歌の熱い吐息で、体毛が金色の雑草のように揺れていた。

和歌は、そこでくしゃみをしたのだ。

はあ〜! くちょい!

妙に可愛いのは、彼女としては遠慮をしたせいだという。胸元が、大量の唾液で、ぐちゃぐちゃになった。スイカ大の泡が、滑らかに皮膚の上を流れた。彼はなすすべもなく、その深い谷間に滑落した。

そして。

ぶくり。ぶくり。ぶくり。ぶくり。ぶくり。

膨張する乳肉が、左右から彼を包み込んでいく。

「ああ〜ん。先生、かゆい〜ん!!!」

彼女は、発作的に身をくねらせていた。色っぽい鼻声を出していた。左右の乳房を揉むように、擦り合わせていた。

五分間が経過していった…。

医師は、同僚達の手で、少女の身体の深淵の底から、ようやく助け出された。どういうわけか、和歌の手が痙攣して動かなくなってしまったのだ。助け出された時には、糠味噌に漬かっていた茄子の御漬物のような状態だった。ぐったりとして青い顔をしていた。窒息寸前だった。





和歌の変身は、セイタカブクブク草の花粉の時期が終わるまで、一ヶ月以上は続くのだ。くしゃみをするたびに、巨大化は止まることはない。花粉の飛散が治まっても、元のサイズに戻るのに、また一ヶ月以上はかかる。花粉症との戦いは、三ヶ月を越えて続く。長期戦だった。


和歌の身体は、竹鳥町に住むには、大きくなりすぎてしまったようだ。住宅街の家並みの向こうに臨む、彼女の丸い背中は、まるで肌色の小山のようである。一般住民からの様々な苦情があがっていた。

とうとう、竹取市を立ち退く日が来た。警察のパトカーに前後を誘導されていた。深夜に交通規制をした国道二号線を大移動した。

ゆさゆさ揺れる乳房が、さすがに重かったようだ。和歌の雄大な骨格と筋肉を持ってしても、あれをぶらさげているのは、容易ではないだろう。ガスタンクのような大きさがあった。前傾姿勢のせいで丸くなった背中が、寂しそうだった。サーカスのテントを加工した、ビキニとも呼べない白い布キレが、申し訳程度に、かろうじて秘所を隠していた。

あたしは、いつまでも手を振っていた。

ガス、水道、電気というライフラインの埋まっている場所を踏み潰さないように、地面にはペンキで詳細な指示が書き込まれている。近眼の和歌には、夜間に小さな文字を読むだけでも、神経をすり減らすような行軍だった。

深夜にも関わらず、沿道には、マラソン大会のような大群衆の無遠慮な目が、何処に行っても待ち構えていた。噂の巨大女子高生を、一目でも見てやろう。日本人特有の強烈な野次馬根性の発現だった。テレビ中継もなされていた。翌朝のテレビ・ニュースは、どこのチャンネルを回しても、和歌の映像が映っていた。アングルは工夫されていたが、セミ・ヌードであることは明白だった。


彼女の現住所は、「富士山山麓青木が原樹海自衛隊駐屯地気付け」である。携帯電話にメールをくれる。最近は、その内容に、どうも平素の切れ味がないような気がした。「五代目古今亭志ん生師匠の落語のテープを聞くのが、唯一の気晴らし。」という連絡が最後だった。
それ以降、音沙汰がなかった。「便りがないのは良い知らせ」といっても、なんだか心配になっていた。さみしいのだろうと思っていた。

今では高層ビル大にまで大きくなっていた。日本全国でも、花粉症による最大の身長を記録した。新宿の東京都庁のビルを乳房の間に、抱擁している。目立つことが好きな都知事の招待を受けたのだ。目立つことが好きな和歌と意見が合った。和歌の写真は、世界でも有名になった。
連休の日に駐屯地を七人の男子生徒とともに訪問した。竹取高校と教育委員会を通じて、自衛隊に打診してもらっていた要望が、ようやく叶えられたのだ。

自衛隊の深緑のジープの荷台に揺られていた。広大な基地内のコンクリートで舗装された直線道路を走っていた。鉄兜と耳栓を支給されていた。ものものしかった。
あたしたちを、案内してくれるのは、反町少尉というイケ面の自衛官だった。剃刀を連想させる鋭さが、切れ長の目の容貌にあった。

「自分は、災害派遣を通常の任務としております。が、今回は、色藤和歌さんの世話係りに任命されました。初めてのことばかりで、戸惑っております。ご友人として気がついたことがあれば、いろいろと御忠告をお願いします。」

白い歯を見せて笑っていた。和歌は、災害なのかと突っ込みたくなった。が、止めた。ある意味では、大災害なのだ。

基地内の広場では、和歌のために五百人の炊き出しが可能だという調理機械が二台、フル稼働していた。彼女は、一度に千人分のご飯をぺろりと平らげる。温かい飯の炊ける、いいにおいがしていた。KPと呼ばれる自衛隊員が、この仕事を黙々とこなしていた。これは、キッチン・ポリスの訳の様だ。一度に千人分の食料を消費していく存在は、食糧不足の世界にとっては、一種の災害なのだろう。


樹海を切り開いた道路を走っていた。和歌の住む森に向かっていた。つつじやタンポポが、今は盛りだった。セイタカブクブク草のピンク色の影はない。月見草もなかった。

「セイタカブクブク草については、できるかぎり伐採しましたが、東西南北から風に乗って飛んでくる花粉については、どうしようもありません。」

反町少尉が、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。日焼けした顎の筋肉が、逞しかった。あたしは、年上の男性が好みなのだ。惚れてしまいそうだった。

和歌は、私たちの右手方向にある、家具屋森の向こうに休憩しているという。昔は、家具用の木材を伐採していたので、この名前があるようだ。

やがて、緑の樹海の森。梢の遥か向こうに、和歌の丸い胸元が見えてきた。こんなに遠いのに、和歌の肌の甘い匂いがした。一ヶ月も離れていたわけではない。それなのに、なぜか懐かしかった。涙が出てきた。肌色の半球状の建築物が、青い空にアラビアン・ナイトの不思議なドームのように聳えていた。

和歌は、丘の斜面をベッドの背もたれのようにして、横になっていた。野宿なのである。彼女が雨風をしのげる建築物はない。巨大化したおっぱいが、如何にも重そうだった。石油を満タンにしたガスタンクを二基、胸に載せているような情況だった。

息が苦しいのだろうか? 赤い唇を丸く開いている。ご〜。ご〜。呼吸音が風のようだ。眉間に皺を寄せている。具合でも悪いのだろうか。心配していた。

彼女の巨大な声が轟いた。

「ああん。いいわ、そこ。そこ。あん。やめないで」

…艶めかしい声だった。

「そ、…そこ。そこ、もっと奥まで。もっと強く…こ、擦ってちょうだい!!

あたしたちは、目を点にしていた。

反町少尉が、また苦笑していた。

「色藤さん一流の、パフォーマンスなんです。世話をしてくれる自衛隊員への、サービスという気持ちのようです」

彼女の下半身の秘部は、青い三角形の布で辛うじて覆われていた。紐のTバッグのように見える。近くで見ると何枚もの災害救助用のビニールシートを、ロープで縫い合わせたものだった。腰に巻いて全体を留めているのは、鋼鉄製だという。自衛隊員のお手製だった。

その下から、白い防護服のような、ものものしい出で立ちの男たちが、のそのそと這い出してきた。手に手に紫色の液体を入れていたようなバケツやモップを持っている。円ピ(スコップ)を肩に担いでいる者もいた。衛生班の新兵達七人だという。和歌の身辺の世話をしているという。腰のロープを伝わって降りてきた。反町少尉に敬礼していた。

「『状況』、終了しました」

「『状況』終了確認。よし。宿舎に帰ってシャワーを浴びろ。ご苦労だった」

全身が、暴風雨の中を行進して来た様に濡れ鼠だった。疲労が身体に滲んでいた。よろよろしている。何をしていたにしても、重労働だったようである。反町少尉が、厳しい非難するような表情をしているだろうあたしの顔を、恥ずかしそうに振り返っていた。いたずらを発見された子供のような笑みが、口元に浮かんでいた。魅力的な笑顔だった。
しかし、そんなことでは誤魔化されない。あたしは、なおも睨みつけてやっていた。『状況』の説明が必要だと思えた。彼は、重い口を開いていた。こほん。咳をしていた。

「実は申し訳ないことですが、自衛隊員の宿命とも言える、ある種の皮膚病に、和歌さんをも感染させてしまいました。患部に薬を塗布していたのです。和歌さんの体液は、現在、ph値が小さく、つまり酸性度が上がっていまして、特に、その…り、罹患した箇所は酸性度がきわめて高く、濃硫酸や濃塩酸のレヴェルにあります。あの格好は、BC兵器の対策用の装備です。皮膚を溶かされないための防御なんです。純粋な医療的な処置です。ご了解ください!」

本当だろうか。彼らからは、消毒薬と同時に、別の匂いがぷんぷんとしていた。女ならば誰でも知っている。あそこの匂いだ。和歌を相手に、何をしているのだ。遊んでいるのか? 不信感が募っていた。

和歌の方は、あっけらかんとしていた。明るい表情をしていた。無人になった股間の青いシートを、指先でボリボリと掻いていた。

「ああ、来てくれたのか!? 待ってたぞ!!」

和歌の上半身が、起き上がろうとしていた。反町少尉が、あたしたちに注意を促していた。

「頭上に注意!!」

ごごごごご。

足元の地面が、大地震が起こったように揺れていた。足を掬われていた。転びそうになっていた。反町少尉の逞しい腕が、あたしの身体を支えてくれていた。


和歌の身体についていた土砂が、雨あられと降り注ぐ。崩落現場に立ち会っているようだった。山が動いているようだった。驚天動地の事態だった。彼女にとっては、土埃のような些細なものなのだろう。が、あたしたちには、一個が拳骨ぐらいある岩石までが混じっていた。

ずし〜ん。

大地についた右手が、その身体の膨大な重量を支えようとしていた。しっかりと締まった赤土の地面が、いとも簡単に沈下していった。あの手のひらは、数件の家を一度に押し潰せる面積があるだろう。人間ならば、数十人だろう。
和歌は、怪獣のような猛烈な破壊力を秘めていた。身の危険を感じた。親友なのに、その存在に始めて恐怖心を覚えていた。和歌は、なんという巨人になってしまったのだろうか。耳栓に感謝していた。鉄兜の必要性も理解した。


しかし、和歌の方は、本当に嬉しそうな表情をしていた。二つの肌色の惑星のような、球体の向こうに見える和歌の顔は、相対的に、ずいぶん小さく見えた。少し頬がやつれたかもしれない。幼さの残っていた丸みのある頬の線に、陰りがあった。大人の女性のような、落ち着いた美しさを与えていた。満面の笑みは、少女のままだ。妙なアンバランス感があった。あの魅力的な赤い唇は、大きな笑みに歪んでいた。来て良かったと思った。


彼女は、持ち前の開けっぴろげな社交性で、お堅い自衛隊内部にも、多くの親密な友人達を作っているようだった。それはそれで結構なことだった。

反町少尉によると、自衛隊は災害救助訓練の一環として、色藤和歌の肉体での、様々な訓練を実施しているという話だった。
「感謝しています。」 彼女に正式な敬礼をしていた。

和歌が面白い話をしてくれた。

自分を巨大怪獣だとする。日本を侵略してきたと仮定する。その時に、自衛隊は如何に闘うのか? シミュレーションを、基地内の参謀達とした。それを踏まえた連隊長検閲という演習をしたという。戦車隊とも戦った。本人は、富士山麓の演習場を盤面にして、自衛隊の兵士と武器を使って、本物の怪獣映画を楽しんだ気分だという。

「近代兵器と闘ったことがあるか?」

思わぬことを聞いてきた。

「すごいぜよ!」

…それが、彼女の素直な感想だった。自衛隊の98式主力戦車の120mm滑空砲の砲弾の直撃を、乳房に受けたのだ。跳ね返したという。

「なんせ、有効射程距離3500mm。装甲貫徹915mm。初速は、1650mm毎秒という優れモンだ。勝てるかどうか、正直、自信はなかったね。」

和歌は、兵器マニアの男子学生と得意になって会話していた。

「独フルメタル社製。翼安定装弾筒付き徹甲弾。柔なタングステン合金じゃなくて、チタンと劣化アルミニウム合金のDU弾だぜ。HEAT−MPではなくて、APFSDSだから、D/L値が問題だろ? …うんぬん。…かんぬん…」

あたしには、ちんぷんかんぷんの内容だった。

もちろん兵器の威力と、彼女の乳房の弾性限界は、正確に調査されている。安全性の確認は出来ていた。実地に試したまでだったという。何ということをするのだろう。心配していた。しかし、和歌の反応は、けろりとしたものだった。

「怪獣の気持ちが分かった」

それだけが感想だった。ピンポン玉のサーブの直撃を、至近距離から受けたようだったと笑っていた。まだ青痣が残っている。勲章のように痕跡を示していた。向かって左の乳房の下半球にそれはあった。あたしたちには、テニスコートぐらいの広さがある。白い皮膚の下に、凝固した赤紫の血の塊が見えた。痛々しかった。

和歌は豪快なくしゃみで、富士山麓の青木が原樹海の周囲で、軍事演習をしている自衛隊の98式主力戦車タイプ98MBTを、何台も空中に吹き飛ばしたそうだ。
戦闘時の全装備で重量50t。それが最高時速70キロで疾走する。一種の怪物である。
そのとき、白鶴のような優美な雲が、山頂に細い足先を付けて飛び立とうとしていた。富士山から吹き降ろす風に、セイタカブクブク草の花粉が、踊っていたという。

和歌は、スクラップになった戦車二台を、ピアス用に加工してもらい、耳たぶに飾っていた。女の子は、どんな時でも、おしゃれを忘れることはない。

彼女の基地内での評判は、すこぶる良いらしい。和歌の胸の上に、数十人の戦車隊員が乗っている演習の日の記念写真を、反町少尉が見せてくれた。緑色の制服を着た彼らが、和歌の身体に群がる虫のように見えていた。

竹取町では、救出を担当した医師と消防隊員に、和歌は恨みがあった。自衛隊員と言っても、同じ公務員である。あたしには、一般庶民の心情など、所詮、わからないだろうという不信感があった。孤独ではないかという心配があった。杞憂だったようだ。ほっと安心していた。昔から順応性のある奴だった。利用できるものは、何でも利用するのだった。

同時に和歌は、すべてが自衛隊員への恩返しのつもりだとも言った。隠しても仕方がないとも言った。四六時中一緒だった。
自分の野外トイレの穴も、自衛隊員が樹海の中に重機で掘ってくれる。(もちろん用を済ませた後で、土砂をかけて埋めるのは、和歌の仕事だったが…。)
水も食料も、隊のトラックが運搬してくれる。大変な労働だった。すまなそうに笑っていた。もともと義理固い性格だった。

雨が降るまでは、シャワーも浴びられない。白い歯を見せた。ずぼらに見えるが、和歌はきれい好きな性格なのである。

しかも女の子には、一ヶ月に一回、やっかいな訪問者がある。それに使った何十枚の血まみれのシーツだけは、爪が割れても自分の手で、できるだけ深い穴を掘った。樹海の中に埋葬したそうだ。あたしには、親友の辛さがわかった。


4.玩具の兵隊 ---------------------------------------------------------------

あたしは和歌に、花粉症の症状も、多種多様なようだという話しをした。中には、花粉症で巨大になりすぎた乳房のせいで、ベッドに寝たきりになっている少女もいる。和歌は、自由に動けるだけ幸福だ。そんな話だった。彼女は、興味深そうに耳を傾けてくれていた。

和歌が良いというので、竹取高校の生徒達も彼女の身体に登山をすることになった。彼女は、また丘の斜面に仰向けに横たわる態勢になった。手のひらを下にした、和歌のきれいな小指と薬指の間の股から、親友の肉体に登っていく。
足が震えていた。和歌は、なんて大きいのだろうか。白い手の甲の向こうに、彼女の白い腕の稜線が続いていた。風景のようだ。和歌という人間の全身は、見ることもできなかった。下半身は、乳房の山脈の向こう側にあったからだ。

人間の身体の上を歩いている蟻は、こんな感覚を抱くのだろうか。本当に人間の山だった。もし、今、くすぐったがりやの彼女が身動きすれば、たぶん、あたしの身体は空中に舞い上がって、それから、皮膚に激突することだろう。生きてはいられないだろう。文字通りにあたしの命は、和歌の掌中にあるのだった。どんなに逃げても、お釈迦様の手のひらの上にいると感じたときの孫悟空も、こんな卑小感を味わっていたのだろうか?


反町少尉の先導で、一列になって登っていった。彼が、このルートの登攀に慣れていることは、一目瞭然だった。親友の厚い皮膚は、自衛隊の頑丈なブーツの靴底にも、痛みを全く感じないようだった。高校生のASICSE(アシックセ)のスニーカーなど問題ではない。
あたしは、和歌とこの春先、新装開店で学生割引がきいたエステに、行っておいてよかったと、つくづく思った。あの時に、全身の無駄毛の処理をしてもらったのだ。和歌の肌は、こんなに大きいのに、ぴかぴかと美しく光って見えた。間接の辺りにある肌の深い溝に躓いて、転びそうになった。手首から肘、腕の内側という順路だった。

角度が急になる。滑りやすかった。注意して進んでいった。BCG注射の針痕が、正確な格子状に配列されていた。肩は、筋肉質の厚い球面の台地を作っていた。その頂点にも、陽光が反射していた。和歌は、水泳部で身体を鍛えている。筋肉がついていた。

肩から、いよいよ胴体に入った。肉の山は、いよいよ高く視界に聳えた。

彼女が、あたしたちの姿が見やすいというので、右の乳房山に登らせてもらった。左は、心臓の鼓動が直接に伝わるので衝撃がある。右の方が静かだという反町少尉の助言に従った。
『何事にも、先達はあらまほしきことなり。』徒然草の兼好法師も、そういっている。

遠くから見ていると、柔らかそうな肉の山だ。実際に足の下に踏んでいると、引き締まって固い。足元の感触は、ゴムのような強靭な弾力性を持っていった。一歩毎に、靴底を跳ね返してくる。あたしの体重ぐらいでは、へこむこともなかった。産毛が、ファンタジー世界の草原のようだった。金色に光っている。

反町少尉は、紅一点のあたしの手をとって道案内をしてくれていた。麓から一気に頂上を目指すのではなくて、らせん状に登っていった。素人に無理をさせると転落する。危ないという状況判断が、真面目そうな自衛官にはあるようだった。
肌のあちこちに分散している汗腺の穴からは、汗の雫が、大きな玉になっている。絶え間なく、無数に噴き出していた。それが溢れると、斜面を下る流れになる。産毛に絡まれて、せき止められている水玉もあった。人間の皮膚を顕微鏡で覗いているような光景だった。さらに滑りやすくなっていた。

どれくらい時間がたったのだろう…ついに乳房山の頂上を征服していた。達成感があった。みんなで、思わず万歳をしていた。
乳首の桜色の輪の中。こんなに大きいのに、ビロードのような手触りの皮膚だった。そこで、あたしのサンドイッチ弁当を、少尉にも食べてもらった。お手製である。おいしいと言ってくれた。富士山を一望にする眺めの良い場所だった。富士には女の乳首が良く似合う。

あたしたちは、一人の男子学生が、秘密に持ち込んだ銀製のボトルから、ブランデーを回し飲みした。あたしも相伴した。飲まずにはいられない気分だった。和歌の笑顔が、最高の肴だった。彼女の表情が曇ったのは、五郎君が、まだ寝たきりの状態になっているという報告が、空気の読めない、ある男子生徒の口から出た時だけだった。

あたしは即興で『和歌山、一万尺』という替え歌を、大きな声で唄った。

和歌山、一万尺
乳首の上で
巨乳のダンスを
さあ、踊りましょ


和歌の鼻腔から吹き降ろす息に、あたしの髪が靡いていた。あたしは息の風に向かって、両腕を翼のようにして開いていた。身体の左右に広げていた。立ち上がろうとしていた。
彼女も、あたしのやりたいことが分かって、ぬれたような艶めかしい唇をすぼめ、さらに強めの風を吹きかけてくる。
すると、鉄兜の頭部が重く、意外に柔らかな‘地面’の上でふらふらしてしまう。足元の危ういあたしの腰を、反町少尉が背後から逞しい腕で抱きしめて支えてくれた。彼は、あたしのウエストの細さに驚いたようだった。計算どおりである。ロマンティックな映画音楽が、心に流れていた。

・・・和歌が眼を細めて、こっちを見ていた。おもむろに口を開いた。

「反町少尉は、私の身体のことなら、ナ・ン・デ・モ知っているのよ。案内してもらうと、いいわ…」

ナンデモに一語、一語を切るようなアクセントがついていた。それに、このわざとらしい女の子言葉は、何だろう。久しぶりに耳にした。背筋に悪寒が走った。反町少尉も、あたしから、さっと身を離していた。

「何せ、少尉は、あたしの身体の中で迷って、出てこられなくなったんですもの、ネ!?」

「身体の中」…? 「中」ってなんだ?

あたしは、イケ面自衛官の冷たいまでに端正な横顔を見つめていた。白い耳が真っ赤に染まってた。

「い、いや、本官は何も・・・」

「あたしの髪の毛に、絡まってしまったんですよ、ね〜」

和歌が、白い歯を見せて笑っていた。

髪の毛?髪の毛ってどこの? 衛生班兵士の謎めいた行動を思い出していた。

反町少尉は、ひょっとすると、とんでもない女たらしなのではないだろうか? もし、あたしの和歌に手を出しているのならば、ただではおかない。職権乱用だ。あたしは、慎重に彼から一歩距離を置いていた。乳房の斜面では、足場が危ない。容易なことではなかった。

反町少尉は、額に汗を浮かべていた。

「ほほほ、本官は、色藤さんが、頼むからですね・・・」

和歌が、爆笑していた。山が笑っていた。吐息が爆風となって、あたしたちを吹き飛ばした。乳房山の山腹を、転げ落ちていた。反町少尉が、あたしを抱きとめてくれていた。そのままころころと、弾力のある斜面を転がり落ちていく…だんだん傾斜が緩くなってきたところで、少尉が私を自分の身体に抱きつかせ、両手両脚を踏ん張り、ブレーキをかけた。

「あら、だいじょぶ? …んもう、いやだわぁん。反町少尉、何を慌ててるんですか? 
私、後頭部のたんこぶが痛いので、傷跡を見てもらったんですよね。…ね、そうでしょ?」


「・・・あ、ああ。そうですとも・・・和歌さんは、髪の毛が濃くて厚いから・・・」

反町少尉は、安堵のため息を漏らしていた。あたしと一緒に立ち上がっていた。足元が固い。鎖骨の上だった。顎の下側が、白い断崖絶壁のように、眼前に聳えていた。彼は、和歌に、からかわれているのだった。兵隊さんを玩具にしていた。

どうもあやしかった。…あたしは少尉とふたり、乳房山に戻っていきながら振り返る。
和歌の眼が色っぽく濡れていた。身体の反応は、正直だった。…ぜったいに何かある。
あたしは、和歌が中学生の頃から、高校生の男子を相手に、結構、遊んでいたことを知っているのだ。

中学校の文化祭でのことだ。互いに和歌のボーイフレンドだと名乗りあう男子学生が、三人、あたしたちのクラスの模擬店の会場で、ばったりと鉢合わせをしてしまった。三つ巴で、殴り合いのケンカになったことがある。和歌は、美少年については、明らかに面食いだった。

…反町少尉は、好みのタイプなのだろうか?

むくり。むくり。和歌山の頂の乳首が勃起していた。乳房の肉の内部から、起き上がっていた。生きている肉の塔のようだった。いきなり和歌の花粉症の症状が、悪化した。アレルギー性の痒みの発作に襲われていた。

「かゆい〜ん!!!」

そんな和歌のために、山頂にとどまっていた男子生徒たちが、一致団結していた。乳房山の急峻な斜面の各所に、虫の様に張り付いていた。皮膚の下で、血管が脈動しているのが分かる。両手両足の全身を使って、皮膚の斜面を掻いてやっていた。
反町少尉も、いつのまにか、あたしの保護者の役割を捨てて、その一員に加わっていた。これ以上、一緒にいると、和歌に何かをばらされると、心配になったのだろう。彼女は気持ちよさそうに、長い睫の瞳を閉じている。肉感的な赤い唇を丸くしていた。大きく開いていた。

赤い舌が、上下の唇の間から、のよりと出てきた。びっくりした。赤い怪物のようだった。舐めていた。唇が大量の唾液に濡れて、ぬらぬらと光った。それを半開きにして、うっとりとしていた。

…まぁ、いっか。 あたしは思い切るように首を振った。…これも、青春の思い出の一頁である。


和歌の周期の長い呼吸につれて、乳房山はゆるやかに上下に起伏している。心臓の、どくんどくんという動きが、遠い太鼓のようだ。なんだか眠くなってくる。豪華客船に乗って、洋上に出ているようだ。

あたしは、男子が和歌に一所懸命に奉仕作業をしている間、上半球の中腹にもどっていた。柔らかい肉蒲団に寝そべっていた。最高級のベッドだった。いつのまにか反町少尉が、あたしの傍に来て座っていた。煙草が欲しそうな、何か言いたそうな顔つきだった。

ちなみに、あたしたちの声は小さすぎた。竹取高校応援団の団長である男子生徒が、どんなに叫んでも、そのままでは、遥か彼方の和歌の耳にまでは、届かなかった。自衛隊が用意した拡声器を使用することで、和歌にもかろうじて聞こえる音量になる。
同様に、彼女の声は大きすぎた。鼓膜を傷める危険性があった。あたしたちは、自衛隊ではジェット機の整備士が使用しているという、特別製の耳栓を詰めていた。それでも頭蓋骨が振動していた。声は大脳に直接に響いた。和歌としては、ささやくような小声だったのだろう。

だが、面会の後の帰り道では、JRの新幹線駅のアナウンスが聞こえなかった。大音量が爆発するロックのコンサートの会場で、スピーカーの前に陣取っていたようだ。耳に、そして頭の中に、しびれるような感覚が残っていた。


5.乳輪丸計画 ---------------------------------------------------------------

色藤和歌は、持ち前の行動力で、全国の花粉症の中学生から高校生の女子に、ネットを通じて大同団結を呼びかけていった。どういうわけか重症のアレルギーは、この世代のみで発生していた。「和歌山(わかやま)社中」という名前の『ブログ』を持っている。セイタカブクブク草を、日本の土地から駆逐する計画を、政府に迫る方針である。

「原始、女性は太陽であった。花粉症のワシらが動けば、日本の夜明けは近いぜよ! 人間に熱あれ! 人間に光あれ!」

これが、キャッチ・フレーズだった。どこかで聞いたことのある文句の寄せ集めだった。が、和歌の熱意に動かされたのだろうか。賛同者の数は、全国で着実に増えていた。様々な感想が届く。和歌の元気な行動が、励ましになっているという。
男子生徒の書き込みも増えてきた。おそらくネットの写真が原因だろう。和歌は、美人だったし、その大きすぎる身体のあちこちに、かなり刺激的なものもあったからだ。

しかし、まめみ全員に返事を書く。…といっても、自衛隊の無線を使って、あたしの携帯電話に直接に連絡して、しゃべるのである。それを変換して、メールを出す。もちろん、キーを打つのは、あたしの指である。和歌の指先は、戦車を鉄くずのスクラップにするよりもはるかに繊細なこの仕事には、もはや適していない。

実現してもらえない時には、真新宿の通りを、巨大少女達が、ノーブラのままでデモ行進をする。大胆な計画まで立てている。『乳輪丸(にゅうりんまる)計画』という。勿論、彼女たちも、セイタカブクブク草の駆逐作業には、全面的に協力する。汗を流すことを厭わない。このデモは、実現されれば、さぞかし壮観なイヴェントになるだろうと思えた。

和歌としては、止められる者ならば止めてみろという腹だ。医者に麻酔薬を打たれたことが、よほど腹立たしいことだったようだ。いくら、現場の自衛隊員と仲良くなっても、青木が原樹海での野宿生活には、本当に頭に来ているのだ。
一種の隔離政策である。「臭いものには蓋をしろ」という日本人の悪い癖だった。今の彼女の実力を持ってすれば、日本の歴史を変える、女坂本龍馬にさえなれるような気がしてきた。

その行動力。いかにも和歌らしいと思っている。

和歌の身長は、今では高層ビル大にまで大きくなっていた。日本全国の、各地の自衛隊駐屯地での生活を余儀なくされている巨大な女子の中でも、特に花粉症による最大の身長を記録した。
真新宿の東京都庁のビルを乳房の間に、抱擁している。目立つことが好きな都知事の招待を受けたのだ。目立つことが好きな和歌と意見が合った。
この写真は、世界的に有名になった。和歌はセイタカブクブク草の花粉症としては、世界最大記録を達成していた。勿論身長だけではない。バストのサイズもそうである。

もちろん彼女の身体を隠してくれる衣服などない。全裸である。ピラミッド型の乳房は、世界でもっとも大きくて美しい胸として、『ギネズ・ブック』に認定された。GTSカップというそうだ。来年度から掲載される。
彼女の感想では、胸に当たる都庁舎の壁面が、砂でできた塔のように脆く感じられたそうだ。腕の力の入れ具合に困ったようだ。しかし、この東京都庁舎訪問を無事に済ませたという体験は、和歌に自信を深めさせた。自分の計画は、実現可能だという手応えを得たようだ。どうやったのか、石頭で有名な都知事の了承までも取り付けていた。


『乳輪丸計画』の当日になった。いずれもビルをも破壊する鉄球のような乳房を二つ胸元に垂らした巨大少女達が、真新宿のビル街を行進した。巨大な彼女たちが、東京に集合するまでの紆余曲折は、すべて省略する。実現には、大変なことが山積していたのだ。全国の無数のヴォランティアに感謝しなければならない。

全身に、ボディペインティングをした子もいた。セイタカブクブク草反対の文字を、書道部の学生に、墨で全身に描いてもらったという、『耳なし包一』状態の女子もいた。リオのカーニバルのように、大胆にバストとヒップを揺らしている者もいた。黒い影が、白い腹部に鮮明に落ちていた。
趣旨に賛同する、男子と女子の中学生や高校生の学生達も、多数集結していた。足元から、雄大な女神像のような巨大少女の黒い太陽のような股間から、二つの満月のような乳房までを見上げていた。

今回のデモの費用は、主に企業からの協賛金によって賄っている。和歌は、歩く広告塔になっていた。前後にAHODASやASICSEの巨大看板をぶらさげていた。
といっても、彼女の肉体と比較すれば、一枚が、名刺ひとつ分ぐらいの面積しかなかった。美しい裸体を、都会の陽光に、のびやかにさらしていた。

警戒には、青木が原駐屯地の反町少尉に率いられた災害派遣部隊があたっていた。彼はあたしの顔を覚えていてくれた。車輌の上から、敬礼してくれていた。本当に多くの人の協力を得ているのだ。胸が熱くなっていた。

反町少尉は、後で長文のメールを送ってくれた。駐屯地に訪問した時に乳房山の中腹で、メルアドを書いたメモを和歌には内緒で、そっと手渡しておいたのだ。当日の真新宿の状況説明については、彼の言葉を借りよう。





「自分は、ジープにのって、真新宿の街を巡回しておりました。大学が青猫山学院大学でしたので、青春時代の記憶に濃厚に残っている場所です。そこが、魔法に掛けられたようでした。
箱庭のようなミニチュアの街に縮小されて、そこを出口が見付からずに徘徊しているような、不思議な気分になっていました。

ある少女は、大群衆の上に乳房を重く垂れていました。赤銅色に日焼けした、見るからに重量感のある肉の塊でした。
群集の頭上で、振り子のように、ぶらぶらと揺らしていました。彼女としては、ゆっくりだったのでしょう。でも、下界では圧縮された空気が、突風を起こしていました。
狭いビルとビルの間を通り過ぎる時には、思いの他に強いビル風となります。痩せぎすの男が、古い新聞紙と一緒に、吹き飛ばされていました。

道路にうつぶせになっている少女がいました。乳房の肉が、通りの幅一杯にまで満ちていました。赤い血管が透けそうなほどに色白の生きた壁でした。
それが、本官のジープも通せんぼをしていたのです。仕方がないので、他のルートを通るようにと操縦者に、指示しました。
真新宿の街は、女体の造り出す肌色の迷路に変化していました。

何処に行っても、様々な女性の身体のパーツに遭遇していました。

超現実主義絵画のタンギーやキリコの世界に迷い込んだようでした。本当に幻想的な風景でした。
色藤和歌さんという女性には、実にいろいろな顔があります。この日の彼女は、魔法使いでした。

道路の中央に、足が大木のように直立していました。脇道は、太ももの壁でふさがっていました。
また別なルートを取ろうとすると、今度は、乳房の深い谷間を潜る必要がありました。

当日に若い観客は、みんなが、携帯電話やデジカメを目の前に突き出していました。自由に撮影していました。
バストばかりではありません。ビル街の谷間から、立ち話で、おしゃべりに興じている少女たちの惑星のようなヒップが、上空を占領していました。
物凄い光景を、仰ぐことができました。花粉症の少女達の作る影が、道路に黒く落ちていました。


休憩時間には、彼女たちは、思い思いにビルの屋上に座っていましたね。
汗で失った成分を補うスポーツ飲料を、ビルの給水塔を改造した水筒から、ごくごくと美味そうに飲んでいました。
女性用の消臭スプレーを、腋の下に噴霧していました。
これらは、各メーカーから宣伝行為として頼まれたものだったようですね。
和歌さんの女龍馬としての交渉術には、驚嘆させられます。
梅雨の合間の蒸し暑い日でしたから、若い女の子特有の、青臭いような体臭で、みんなに迷惑を掛けたくなかったのでしょう。
これもまた、和歌さんの一面です。繊細な配慮をしているのですよね。

トイレの場所の確保が困難だったことが、本官も最後まで心配の種でした。
そのために、参加者は、みんな、水分の摂取を、できる限り控えなければなりませんでした。
暑い日なので、大変なことでした。
午後になってから、神田川が溢れた時に、貯水する目的で作られた地下の大導水トンネルを、臨時に使用しても良いという許可が、都知事から特別に出ました。
本官も安心していました。ただし緊急の場合であり、あくまでも小に限定されていましたけれども。

周辺のビル街への被害が、ほとんどなかったことには、安堵していました。
和歌さんの乳首の先端が、軽く触れただけでも、壁面に簡単に穴が開くことでしょう。それぐらいの威力がありました。
自衛隊も、98式主力戦車のDU弾によって確認済みでありまス。


一度だけ、和歌さんが足の小指の先を、信号機のポールにぶつけてしまったことがありましたね。

『痛い〜イ!』

交差点で横座りしていました。心配しましたが、これも、彼女一流のサービスぶりだったようです。
道の両側に詰め掛けていた観衆は、荒い呼吸に大きく起伏する乳房を、至近距離から鑑賞できたのでした。
ビル街で勤務している御父さん達のオフィスを、窓から覗き込んでいました。
あの素晴らしく明るい笑顔のサービスもしていました。
あのガリバーの『巨人の国』が、東京の真新宿に出現した童話の時間を、参加者は、心から堪能していました。

おしまいには、和歌さんは、あの赤い魅力的な唇を丸く突き出して、
足元の大群衆に、投げキッスをしていました。

『ありがとう。みんなのこと、大好きだよ〜!! 
 セイタカブクブク草を、日本からなくそうね〜え!!!』


拍手と大歓声が応えていました。

参加した女の子達と、大きな胸同士を密着させていました。熱い抱擁を交わしていました。
感激のあまり、和歌さんの豊かな胸に顔を埋めて、泣いている子もいましたよね。
和歌さんは、駐屯地での最大値と比較すれば、ずいぶん身長が小さくなっていました。
それでも、参加者の誰よりも、頭一つ分だけ抜きん出て、大きかったわけです。
どこにいても上空に待機していた自衛隊のヘリコプターからの映像で、居場所が確認できていました。
根元から黒い部分が生えて、半分だけになった茶髪を、彼女は妹にするように、優しく撫でてやっておりました。

…あれが、和歌さんのいちばんステキな面だと思います。」





これで充分だろう。最後に以下の注記があった。

「駐屯地での、自衛隊と和歌さんとの関係には、やましいところは何もありません。天地神明に誓います。
すべてが、和歌さんに、劣悪な環境の駐屯地で、できるかぎり安楽で安心な生活が送れるようにと努力した、その結果であります。」


…あたしは、反町少尉の言葉を信じてあげることにした。


『乳輪丸計画』のパレードが、花粉症の季節の最盛期だった。国の特別会計予算から、セイタカブクブク草が駆除される費用が出るという閣議決定があった。和歌は、目的を達成したのだった。


6.竹取川のほとり ---------------------------------------------------------------

あたしたちは、あの疾風怒濤の季節が嘘であるかのように、普通の女子高生としての生活に戻っている。

約束した通りに学校が休みになる土曜日の午後には、竹取川のセイタカブクブク草を伐採するヴォランティア活動に参加していた。もう花粉の季節は終わっている。和歌にも、無害な草になっていた。

しかし、くしゃみをされるたびに、あたしは気が気ではなかった。豪快な三連発をしでかした直後だった。あたしは、気に掛かっていたことを口にした。

和歌は、多少は露出症であり、色情狂の気味がある女かもしれない。しかし、淫乱でも破廉恥でもなかった。絶対にそうではなかった。だから…
巨大化している時の、彼女の自衛隊員との馴れ合いのような関係には、何かもやもやとした疑問が残っていた。ヌーディストとしての活動も、大胆すぎるような気がしていた。

「和歌・・・、あの・・・・質問しても、良い、かな?」

「なんじゃい、あらたまって!?」

おかしな奴だなあという表情をしていた。不満な時は、赤い唇が前方に、ぷくんと突き出される。

「なんだ、はっきり言えィ。答えてやるぜよ」

彼女は、片手に握って束にしたセイタカブクブク草の根元を、鎌でさっくりと切っていた。

「巨人になっているときにサア、恥ずかしくなかった…の?」

友人は、あたしの目を黒い大きな瞳で、覗き込むようにしていた。
気亜 和歌は、本能を司る小脳は人よりも発達しているだろう。だが大脳の表層にも、血の巡りの良い神経回路が張り巡らされているのだ。Inteliのプロセッサーのような鋭敏な大脳皮質の持ち主だった。前頭葉が発達していた。質問の裏側の意図まで、読まれているような気がした。

「・・・そりゃあ、うん、恥ずかしかった。・・・でも、どうしようもなかろ?」

「・・・うん」

「それでな、…思ったんだ」

「何を?」

「…こいつらは、小人だ。人間ではない、とな。」

「人間じゃないって、どういうこと?」

あたしは、和歌の言葉にショックを受けていた。

「巨人になるっていうのはだな、おまんらの目から見れば、ワシが大きくなっていくってこと。…そうじゃろが?」

「うん」

「でも、ワシにとっては、世界が小さくなっていくってことになるぜよ。…分かるかの?」

「・・・なんとなく・・・」

「それで、いい。…あの感覚は、体験したもん以外にゃあ、ほんとうは、分からんだろうからな。住んでた町が箱庭になっていく。自動車は、全部がミニチュア・カーじゃ。手のひらに載せてコレクションできる。
世界が小さくなっていくばかりじゃあ、のうて、な。人間も小さくなっていくぜよ。
こりゃあ、現実感が薄らいでいくだけだ。
人間の世界が、自分だけを置き去りにして、どんどん遠ざかっていく。・・・醒めない悪夢の中に、取り残されたような気分ぞ・・・」

和歌は、ここで、ちょっと間をおいた。

「お主・・・、鼠ぐらいしかない生き物を、自分と同じ人間と思えるか?
声も小さすぎる。耳を澄ましていないと、聞こえない。顔の表情も、よく見えない」

…そうだった。和歌は、ド近眼だったのだ。

「“鼠人間”…そう、ワシは呼んでた。そいつらが、眠り薬を注射して、地球から、どっかの星に連れて来たと思っていた。そう、考え始めたら、なんだか気分が落ち着いた。
汚い小さな手で全身を、触りまくられたんだ。人間に、そんなことをされたとしたら、気持ち悪いぞ・・・。やっていけないだろが。
…だから、“鼠人間”だと思うことにした。全部が、悪い宇宙人のしわざ、じゃ。
ああ、お主のことは、友人だと思ってたさ。ワシなりの流儀で、何匹かの赤と白の鼠人間には、復讐をしたんじゃったが、の。
まぁきっと、あれで危険人物とマークされたんじゃあ、の。青い制服を着た警官という鼠人間どもが、ああしろ、こうしろと迫る。うるさく命令する。
とうとう竹取町も、追われるハメになった。
…でも、さびしくはなかった。 “鼠の町に、人間は住めない。” まっこと、真理じゃろ?」

和歌は、大きなため息をつく。


「富士山でのアウトドア・ライフも、それなりに楽しかった。
でも、煮詰まっていた。その時には、鼠人間は、緑色の虫人間にまで縮小してた・・・。
しゃべっている声も聞こえない。それなのに、生活のすべては、奴らの世話で成り立っている。食べ物から、ほとんど身体を隠せない着るもの、はては・・・生理用のナプキンの調達まで。
あれには、神経が参った・・・。四六時中、監視されているような気分だった。
だから、お主らが慰問に来てくれた時には、本当に嬉しかった・・・」

和歌は、大きく背伸びをしていた。大きな胸が、衣替えで薄くなったブラウスを高く押し上げていた。乳首が胸の先端で自己の存在を主張していた。

「あの日は、自衛隊員と、じゃれている現場を、たまたまお主に見られちゃったし。
でもな、お主、部屋で飼っているハムスターの前で、服を脱いでも、別に恥ずかしいと思わんぜ? ・・・あれと同じこと。ありゃ、“玩具の兵隊で遊んで”たの。まっこと、他意はない。
それからあの時、自衛隊と軍事演習をしたって言ったろ?」

「うん」

「あれは、冗談から、じゃない。実戦の時のための真剣な訓練だった。…試してたんだ。」

「?・・・何を?」

「虫人間の戦闘能力を、さ。もっと言えば、こいつらは、ワシが死にたくなった時に、ワシを殺せるのかという実験だった。
自決のきっかけは、何でも良いんだ。
簡単なことだ。足元をうろうろしている、何匹かの緑色の虫を踏み潰せばいい。その時から、ワシは虫人間どもの敵として、近代兵器の総攻撃を受けるだろう。
何匹かの緑虫の歩兵と、何台かの甲虫戦車は、踏み潰せるかもしれない。でも、ジェット戦闘機SF−X16Fという空飛ぶ虫の、空対地ミサイルの攻撃はどうか? ワシが、いくら手を伸ばしても届かない、遥か高空から発射される。
どこまで逃げても、ASM−21プルトップのレーザーの目は、ワシを追いかけて来る。この虫には、RGBやCCBという猛毒もあった。勝てるとは、思えなかった・・・」

あたしは、何も言えなくなっていた。和歌は、手の鎌の刃をさえざえと青く滑る陽光を、じっと眺めていた。

「でも、自分の胸は、戦車砲弾は跳ね返した・・・。あの時に、何かがふっきれた。
こんな馬鹿な考えは、もうやめだ。そう思った。
暴れたかった。鼠と虫の支配する国を、自分の身体で征服したかった。この星に、和歌と巨大少女の王国を作り上げる。
虫けらのような、人間の国を終わらせて、ワシたちの国を作ろう。世直しだ。維新だ。女龍馬になるぜよ! 本気で、そう思っていた・・・」

和歌は、恥ずかしそうに鼻の頭にしわを寄せていた。彼女の言葉は、矛盾している。でも、そこまで、親友が追い詰められていたことは分かった。


「あ・・・あたし、和歌が生きていてくれたことがうれしい。あたし、和歌のこと好きだもの。
和歌が、いなくなると、地球は、きっと、退屈。さびしいよ。そんなの、イや!!」

実感だった。あたしは、和歌の目をじっと見つめていた。彼女は、ふっと視線を反らせた。空を見ていた。

「・・・でも、お主がさ、・・・あの、巨乳に押し潰されそうになっている、女の子の、話をしてくれたろ?」

「あ・・・う、うん。」

「あれで、迷いが消えた。全国の、ワシみたいな女の子のために、できることはないかと考え始めたんだ。
自分の境遇のことばかりで、他の奴らのことなんて、正直、考えても見なかったからなあ・・・。

ずぼらで鈍いワシでさえ、こんなに落ち込むんだから・・・・。
普通の女の子は、たいへんだよな。たまらないよなあ。

あの時は、ホントに危なかった。・・・だから、だから・・・、お主は、ワシの命の恩人だ。
もう一人は反町少尉だ・・・」

和歌は、そこで言葉を止めた。セイタカブクブク草の茎を這っていた、赤いてんとう虫を摘んでいた。そっと、隣の薄の葉の上に移し替える。摘まれてぴたり、と動きを止めていたてんとう虫は、薄の葉に落ち着くと、残る露の玉に向かって動き出した。
・・・しばらく、ふたりともそれを見つめていた。和歌は言葉を繋いでいく。

「ワシは、指揮官の勇気を試すつもりで、奥歯が痛いと、だだをこねた。本当に、そうだったんだ。
ストレスを我慢するあまり、奥歯を噛み締めすぎたようだ。罅が入っていたそうだ。
奴は、金色のトンネルのようなものに入ってだが、基地の歯科医師と一緒に、歯の治療に立ち会ってくれた。
痛がって噛み潰せば、一巻の終りだ。ごくり。間違って飲み込んでしまうかもしれない。王水のような胃液に、溶かされるかもしれない。
男が女に食われて死ぬなんて、屈辱的だろ? それでも真面目に、困難な『状況』に対応してくれた。彼は、信頼に値する男だよ」

あたしも、大きなため息をついていた。・・・・胸のつかえが下りたような気がした。

・・・和歌も、知らないことがあった。

反町少尉が、あたしだけに暗号無線で教えてくれたことがある。あの『乳輪丸計画』の日に、アメリカの駐留軍は、第一級の警戒態勢に入っていた。
和歌たちを、日本の新型兵器と誤解したある国が、首都に『魯鈍』という名前のミサイルを向けていたからだ。
自衛隊基地からも、SFX−16F三機が、編隊を組んで発進していた。
彼らは、和歌さんの命は自分たちが守りますと、反町少尉に連絡して来たと言う。駐屯地で演習を実施した仲間達だった。

本当に、いろいろなことがあったのだ。


和歌は、また三回、大きなくしゃみをした。

「思い、思われ、振り、振られ、か」

しなやかに長い指を、三本、ゆっくりと折った。それから、こう言ってのけた。

「あれ? ・・・ワシ、誰かのこと、振ったのかなあ?」

あたしは、顔を左右に振った。和歌は、故意に話題をそらしたのだ。

無口になっていた。集中していた。

ブラウスの巨大な胸元を垂らし、ぶるん、ぶるんと揺らしていた。セイタカブクブク草を、無心に刈り取りはじめていた。


そんな彼女を、群落の間から見つめている、男子学生たちの熱い目があった。和歌のファン・クラブか親衛隊のような連中だった。

彼らは、体操服の下に隠れている、和歌の乳首の形と美しい桜色まで、明白に脳細胞に記憶していることだろう。スカートとパンティの下も同様だ。透視している気分だろう。
今の彼女は、あの大胆なデモ行進で、全国的な有名人になっていた。ヘア・ヌードを公開したグラビア・アイドルのようなものだ。ただの無名の女子高生ではない。

本人は、この境遇の変化にも、全く気がついていなかった。女龍馬というよりも、男の龍馬にさえも劣らない蛮勇の持ち主に見えた。

反町少尉と和歌との関係は、これでもう良いと思った。彼のデートの申し出を受けようと思った。

あたしは、知っている。和歌の心は、あたしのようには反町少尉に向いていない。

今年の花粉症による巨大化の初日に、彼女は右の乳房の下で、同級の男子学生の五郎君を、不運にも押し潰した。唯一の救いは、和歌のおっぱいが、マシュマロのような柔らかさだったことだ。今思えば、彼は偶然にあの深い乳房の谷間に入ったのだ。そのことで、九死に一生を得た。そうでなかったら事態は、遥かに悲惨な状況になっていただろう。

竹取高校に戻ってからの彼女は、それまで以上に丁寧に授業のノートを取っている。

毎日のように、病院の五郎君のベッドに、届けてやっているのだ。中学生の和歌は、遊んでいたかもしれないが、恋人と呼べるような特定の相手はいなかった。親友として断言できる。
しかし、五郎君との関係は、それまでとは何かが違っていた。

彼は司馬遼太郎の愛読者だ。歴史小説については、一種のオタクである。坂本龍馬についても、かなりの知識がある。あの和歌が、いろいろと教えられていた。その間の経緯は、同じ文芸部に所属するあたしが、誰よりも良く知っている。

夏の終わりには、文芸部で臨海合宿を計画している。怪我が完治した五郎君が、元気に参加してくれる予定になっていた。





あたしと色藤和歌は、新作ビキニを選ぼうと、デパートの水着売り場にいた。

和歌は、青い海のような色で褌のような大胆なデザインの紐ビキニを試着していた。五郎君が、青い色が好きだと、どこかで耳にしたことがある。それ以来、青を基調とするおしゃれを、彼女はするようになったのだった。

「ねえ・・・これ、五郎君の好みにあう・・かな?」

自衛隊の戦車と勇敢に戦った少女が、大きな瞳を不安そうに見開いている。小声で、あたしにたずねて来るのだった。

頬を染めて。

・・・いつのまにか、そのふっくらとした肉感的な唇から、えせ龍馬のあやしい土佐弁が出ることはなくなっていた。


(終り)




笛地さんのこの作品へのごいけん、ごかんそう、文字のことなど、なにかありましたら…
WarzWars(アットマークは半角に直して…)まで、おしらせください。


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