みなさん、よくご存じの方から、おはなしをちょうだいしました。
おはなし、でのおうえん、ほんとうにありがとうございます。こころから感謝いたします!

こんかい、和風のふんいきを出すために、明朝体の表示テストをしています。
だいぶ大きめかとは思いますが、読みやすさなども、ご感想いただけると幸いです…



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 ぶくぶく。 

 さく: 笛地静恵 
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恐るべき君らの乳房夏来る 西東三鬼


今年も、ついに花粉症の季節がやってきてしまった。何が起こるか。予断を許さない情勢である。

あたしたちの竹取町の中央部には、青く大きな竹取川が街を二分するようにして流れている。河川敷一面に、セイタカブクブク草が、小さなピンク色の花をさかせていた。正式名称はしらない。この地方では、そういう言い方をしていた。

外来種なのだろう。あたしが、小さな頃にはなかった。でも、小学校の高学年の頃から、あっという間に増殖していった。高校に向かう時の、ショートカットになるので、多くの自転車通学の学生が、竹取川の土手道を活用している。嫌でも毎日、観察することになってしまう。

今までは薄が茂って、銀色の波を作っていた場所を、占拠していった。理科の先生の話では、薄の根は、セイタカブクブク草よりも短いらしい、だから、より根の長いセイタカブクブク草との地下の陣取り競争に、簡単に負けてしまうらしいのだ。きっと、お前は出ていけという感じなのだろう。

セイタカブクブク草は、背丈が高く、すっきりとしなやかである。立ち姿が美しい。そのピンク色も可愛らしい清楚なものだった。でも、人によっては、花粉がくしゃみや喘息を起こす。アレルギー性の発作を起こす。それで、嫌われていた。和歌の場合は、その症状が、人よりも極端で、激越だった。

そろそろだと思っていた。あたしの友だちの色藤和歌(しょくどうわか)は、重症の花粉症だった。ただの杉の花粉症ではないことが厄介だった。今朝も、竹取高校に登校の時から、黒い瞳が、ぬれたようにきらきらしていた。長い睫にも涙の粒が、きらきらとたまっているのだ。ハンカチを鼻にあてがっていた。憂鬱な表情をしていた。悪い予感がした。

「なにが悲しゅうて、春のいちばんいい季節の到来に、ワシは、涙を流さなくちゃならんのだ」

 和歌独特の口調で、ぼやいていた。言葉は、おっさんだった。坂本龍馬の大河歴史テレビ・ドラマのファンになって以来、心酔しているのだ。女龍馬になりきっているつもりでいる。あやしげな土佐弁を使う。

本人は、いたって美少女である。特に唇が厚い。口紅もつけていない。血に濡れたように、ぬれぬれと赤く染まっている。ぽってりとして、肉蒲団のように柔らかそうだった。あたしが、男だったら、唇を重ねて熱烈なキスをしたいと、夜毎の夢にも見るだろう。もっとエッチなことを考えるかもしれない。和歌は、男子生徒の視線など、全く気にしていない。

大股で闊歩しやすいようにと、限界まで短くしたチェックのスカートで、自棄になってペダルと格闘していた。やわらかそうな大きなお尻が、サドルに顔面騎乗している。窒息させて息を止めようとしている。むちむちと、挟み込んでいる。欲求不満をぶつけていた。肉付きの豊かな太ももが、白い付け根の限界まで、見えそうだ。ミニのビキニ。明るいオレンジ色のパンティ。布のサイズは極小。和歌は、平気の平左だが、近くにいるこっちが、やきもきしてしまう。

「胸が、かゆいんじゃあ〜!」

自転車を道端に止めた。片方の爪先立ちになっていた。黒のローファーで、オオイニフグリの小さな青い花を踏み潰していた。制服のブラウスの上から両手の指先を立てた。胸元を掻き毟っている。凄い光景だった。ブラウスとブラジャーの上から、大きな乳房を持って揉み解すようにしている。乳首が、つんと立っているのがわかった。


乳房は、制服の白いブラウスの胸を、巨乳では‘猛者’ぞろいの同級生の女子の中でも、もっとも高く盛り上げている。紺のブレザーの下でも、圧倒的な量感が分かる。本人の申告では、九十センチのEカップだ。が、実際は、もっとあるだろう。触ったことがあるから分かるのだ。あたしだけではない。男子生徒にも、「ほれ、触ってみい」と薦める。

「減るもんじゃなかとよ。良か。良か。おなごの乳房というのは、マシュマロみたいに柔らかいのじゃけん。味わってみい〜」

あたしと同じ文芸部の真面目な五郎君は、ブラウスの胸を突き出して追いかけてくる和歌から、顔を赤くして廊下を逃げ回っていた。小柄な彼は、脚が短い。女子としては大柄な和歌に、すぐに追いつかれた、教室の隅に追い詰められていた。「ぱふぱふ」をされた。男子の顔面を大きな胸に挟む。しばらく出してもらえない。美少年がいると、すぐにこの刑の餌食にする。出してもらったときは、窒息寸前という状態だった。可愛そうだった。


和歌のスリーサイズは、一応は、90−60−90。身長は、168センチ。最近の女の子としても、ちょっと大柄な方。体重は、秘密。生年月日は5月14日。血液型はO型。趣味は、読書とカラオケ。高校二年生の現在は、水泳部に所属。1キロメートルは軽い。料理も上手い。焼肉と辛いもの系が好き。あたしは、和歌のことなら、なんでも知っている。幼な馴じみなのだ。

彼女の特異な花粉症の騒動についても、中学校の時から付き合ってきた。今年は、三時間目の休み時間に唐突に始まった。竹取川に面したグラウンドの方向から、暖かい風がそよそよと教室に流れ込んできた。

竹取高校は、鉄筋コンクリート五階建て。築三十年になる。それなりに、がっしりとしている。三階に一年生。四階が、私たち二年生。三年生が、最上階の五階。一階に職員室や校長室や事務室。二階は、共用の音楽室や料理室があった。生徒達は、思い思いにリラックスしていた。

四階の窓からは、竹取川の青い流れと、岸辺のピンク色の群落が見下ろせた。流れ込んでくる春風が、和歌の茶の前髪にも涼しげに戯れていた。

和歌が、くしゃみを始めた。

 くしゅん。ぶく。

 はくしょん。ぶくぶく。

 へっくしょい!! ぶくぶくぶく。


 解説しておくと、前半が、だんだんくしゃみが、激しくなる擬声語。後半が和歌の胸元が膨れていく擬態語である。

 彼女は、セイタカブクブク草の花粉症のアレルギー体質のために、乳房が腫れ上がって巨大になってしまうのだった。


最初の「ぶく」で、ただでさえ蜜柑ぐらいに大きかったものが、夏蜜柑に変化した。オレンジ色のフロント・ホックのブラジャー。その止め金具が飛ぶ。AHODASの伸縮性のあるスポーツ・ブラでも対抗できない。

次の「ぶくぶく」では、ブラウスの胸ボタンが弾けとんだ。夏蜜柑は、カリフォルニア産の陽光をたっぷりと吸ったグレープフルーツに変化した。

おしまいの「ぶくぶくぶく」では、日本の夏を代表する畑のスイカになる。ブラウスが破けて、スカートのチャックが、悲鳴を上げて裂けて行った。和歌は、両手で巨大な胸元を隠して立ち上がっていた。

これが、騒動をさらに悪化させた。スイカ2個を、胸元にぶらさげて、簡単に立ち上がれる女はいない。和歌でも無理だ。背骨を痛めてしまうだろう。

彼女の体の凄いところは、このアレルギー体質に対応するために、全身を変化させていくことだった。重量を増した乳房を支持するためには、胸の筋肉が発達しなければならない。そのためには、筋がのびる必要がある。筋が延びれば肋骨も伸びる。肋骨が広がれば、それを支えている、背骨も太く長くならなければならない。当然、腰骨も強化される。そうすれば、そこからつながる脚の骨と筋肉も、増強されなければ、全身を支えることができない。筋肉と骨格を動かしているのは、内臓器官である。これらすべてを、神経系統を通じて統括する中央司令室である脳も、膨大な体内情報を処理するために、容積を増していく。

平たく言えば、和歌の全身が巨大化していった。

昨年までは、この過程で、和歌は生まれたばかりの姿を、全校生徒の視線にさらすことになった。しかし、今年は、準備がなされていた。少なくともウルトラビキニの、赤いパンティだけは、この巨大化にも対応できる伸縮性能を持っていた。全国で若い十代の女性のみに多発する、この乳房と全身の巨大化する花粉症に対応するために、各メーカーとも新商品を開発し、発売を開始していた。和歌のものは、これもスポーツメーカーのASICSEのものだった。

和歌の股間を見上げている私には、今、一歩の改良の余地があるように思えた。確かに、破けはしなかったが、あまりにも生地が薄くなってしまい、和歌の陰毛から性器の形まで、男子生徒に、隅々まで開陳してしまっていた。

和歌も、上半身を隠すことだけに集中していた。彼女には、胸が大きすぎるのではないかという、コンプレックスがあるようだ。そのために、下半身が、あまりにもノーガードだったのである。多数の男子生徒が、この女性フェロモン満開の攻撃に、急速に血圧が上昇した。鼻腔の粘膜下の血管が弱いものからの大量出血をした。ショック症状によって、失神していた。

女子生徒も、ただではすまなかった。阿鼻叫喚の悲鳴が耕作した。不意に立ち上がった和歌の茶髪が、天井のスレートを頭突きした。天井板がウエハスのように、脆くも砕けていった。破片が落下していた。同時に頭上の蛍光灯を、二つにへし折っていた。青白い火花が散った。どういう配線なのか、教室中の蛍光灯が、次々と爆発していった。

和歌の頭は、五階建て鉄筋コンクリートの四階の床を作っている構造材に激突した。それに罅を入れた。

ずず〜ん!!!

重厚な爆発音が轟いた。

和歌の頭蓋骨には、罅は入らなかったのはさすがだったが、この衝撃には、さしもの女龍馬の毛の生えた脳髄も耐えられなかったようだ。

「なんじゃア、こりゃあア〜!!」

男のようなドスの効いた低音のうめき声を上げて、後頭部を押さえていた。ありもしない煙草を、胸元から取り出そうとするような手の動きを示しながら、倒れこんだ。天性の芸人としての資質を示すパフォーマンスだったと評価できるだろう。しかし、彼女の巨体の下敷きになった机と椅子は、もう使い物にならなかった。パイプが曲がったり、天板が割れてはじけ飛んだりしていた。

運動神経の鈍い五郎君が、不運にも和歌の右の乳房になって、蛙のように押しつぶされてしまった。彼は司馬遼太郎の文庫に読みふけっていたせいで、逃げ遅れたのだった。複雑骨折と内臓破裂の重傷を負った。長期の入院をすることになってしまった。三ヶ月間、退院できなかった。

ようやく、校舎中にサイレンが響き分かった。和歌の倒壊が、大地震と匹敵する衝撃を、竹取高校の校舎全体を振動させていったのである。全校生徒に校庭への避難命令が出た。我我は、かねて用意の防砦頭巾をかぶり、左手の肘を右手で掴んで、前の者を押し倒さないように注意しながらという日頃の教育など忘れはて、自分の命欲しさのみによって、パニック状態で爆発現場(としか思えなかった場所から)見苦しく逃亡した。この騒動によって、さらに二十数名の重軽傷者が発生した。

あたしが、この馬鹿騒ぎに巻き込まれなかったのは、無防備な親友の姿を、できるだけ守ってやろうと、現場に留まっていたせいだった。友人の身体の上に、悪いが土足でよじ登っていた。救急隊員が来る前に、パンティの黒い茂みの真上に、床の体操服を差し込んだ。ゴムがきついので苦労した。それから、なぜかゴルフボールぐらいに勃起したままの固い乳首を、和歌と自分の紺色のブルマで包んだ。スイカよりも乳房全体については、どうしようもなかった。無意識に和歌の巨大な両手が、覆い隠していたそれをどかすことは、あたしの一人の力では、とてもできなかった。自動車を素手で動かすような重みを感じた。どうしようもなかった。

警官隊と救急車が、校庭に何台も到着した。赤い回転灯とサイレンが、ものものしい雰囲気をかもし出していた。屋上から、ざあざあと水が滝のように流れ落ちている。和歌の転倒の衝撃で、給水塔のタンクが倒れたという話だった。生徒達は、体育館に集合させられた後、帰宅することになった。

救出は難航した。高層ビルの工事用の巨大クレーン二機が、校庭に搬入されて設置された。あたしたちの教室のある三階の壁を壊した。半裸の巨大少女を吊り上げて、無事に搬出した。さらに四時間が経過した。

あたしは、親友だということで、同席させてもらっていた。可愛そうだったのは、和歌は一度、意識を回復したのだ。顔はぼんやりとしていたが、「ワシは、自分の足で歩くんじゃ」と、はっきりと口にした。
しかし、白衣の医師に、まだ意識が朦朧としていると判断された。今以上に、暴れて被害を出さないように、抹香鯨でも、いびきをかきそうなほどに強力な麻酔薬を、大量に注射されていた。全国で頻発する少女の花粉症による巨大化事件に対応するために、救助隊も、それなりのノウハウを、積み重ねているようだ。それの実験台にされたらしい。


美人の親友は、大粒のサッカーボールぐらいあるよだれを、赤くぷっくりとした唇の端から垂らしていた。陸に上がった鯨のように、十二トントラックに載せられていた。親友が、哀れで涙が出た。あたしのせっかくの救急手当だったブルマも、乳首から外されていた。跡形もなかった。花も恥らう女子高生の身体に、消防隊員が我が物顔で登っていた。鋼鉄のロープで、ぐるぐる巻きにしていた。転落防止という話だったが、拘束しているようにしか見えなかった。

さらに巨大化した和歌の、左右の乳房の上に乗っている消防隊員の姿が、赤い小猫ぐらいにしか見えなかった。柔らかい肉の丘の上で、バランスを取るようにしている。彼は、吊り上げられる和歌の固い乳首に、片手で捕まっていた。重心をとるように、身体をゆらゆらさせていた。なぜか乙女の股間に潜り込んで動いている人影もあった。




次の日。早朝の天気予報では、花粉の産出量が、今年のピークを示すと酔っ払いの気象予報士が断言していた。悪い予感がした。和歌の方は、全くめげていなかった。


「おい、行こうぜ」

うちの二階屋根の真上から、彼女の女性としても低めの、良く響く声がした。家中のガラスが、今にも割れそうに振動していた。庭に和歌の巨大な大木のような太さの、足首が聳えていた。あたしの家の前はアスファルトの道路になっている。そこに和歌の素足が沈み込んでいた。可愛い素足の五本の指。その形を、克明に刻印していた。膨大な体重になっているのだ。
あたしは、学校指定の黒のローファーを、指先にぶら下げて上がっていった。二階の自分の勉強部屋から、屋根の上に出た。和歌のビキニの胸元に飛び込んでい。どうやらカーテンの生地を縫い合わせて、足跡の衣服に仕立てたらしい。

彼女は、全くめげていなかった。昨夜は、病院の駐車場で夜を明かしたという。頭にたんこぶを作っただけだ。頭蓋骨にも異常はない。

あたしは、旧友の深い谷間に揺られながら登校していた。片方の乳房だけで、ゆうにフォルクスワーゲン一台分位の体積があった。竹取川の土手を、のしのしと登校していった。快適だった。視点が高いので、眺望がいい。何トンもの乳肉が、あたしの左右で、ゆさゆさと肉の波のように重く柔らかく揺れている。凄い迫力だった。セイタカブクブク草のピンク色の群落を見下ろしていた。

見上げると、和歌の巨大な、あたしの腕でも入りそうな鼻の穴から、透明な液体が、どろりと流れた。やばいと思った。しかし、どこにも逃げる場所はなかった。

ぶえっくしょい!!

和歌が、くしゃみをした。温かい唾のしぶきが、飴あられと降り注いだ。一滴が、ピンポン玉大の大きさがあった。

ぶくり。ぶくり。ぶくり。

カーテンのビキニが解けた。風に流されて竹取川の上を羽衣のように舞っていく。それを拾いに行って、なお遅刻しなかったのは、和歌の脚の長さの賜物だった。


学校に到着した。取り壊された学校の壁も、すっかり元通りになっていた。怪獣映画を見ていると分かるが、日本の建築技術は、耐震性能には疑問があっても、ともあれ世界最高の速度を誇るという事実が良くわかる。

朝礼の時に、同級生の五郎君が重態だという報告が、校長先生の口からなされた。病院で面会謝絶の状態だという。しかし、命に別状はないということだった。和歌の険しい眉間が和らいでいた。全校生徒の列の後ろで、神妙な表情で正座していた。


あたしたちは、ともあれ平常どおりの授業を受けていた。校長の言葉によれば「歴史と伝統のある進学校である竹取高校」では、何が起こっても日々の学業に休みはないのだ。

和歌は、校庭に横座りをしていた。彼女の体重に、グラウンドの地面が沈みこんでいた。無数の割れ目が走っていた。脚の組み方を変えようとして、ちょっと身動きするだけでも、教室の中は、大地震のように、ぐらぐらと揺れていた。生徒は不安そうな表情で和歌の方に、ちらちらと目をやっていた。昨日の大惨事の記憶が生々しかった。
窓から黒板の小さな文字を、黒い瞳の目を細めて凝視していた。大きな濡れたように輝く黒い瞳の上を、長い睫をサーベルのように立てた瞼が、ばさばさと音を立てて上下していた。彼女は、もともと軽い近眼だった。眼鏡も持っている。しかし、普段は、それを嫌ってかけることはなかった。今は、もちろん彼女の顔に合う眼鏡は、なくなっていた。

障子紙を、何枚も閉じたものに、竹取町内の最大の筆を使っていた。竹取寺の住職が、書き初めの日のために常備しているものだ。普通に人間の背丈ぐらいある。行動力のある和歌は、早朝に寺に出向いて借りてきたらしい。それで、珍しく真剣な表情でノートを取っていた。

階下の三階の一年生の男子。彼らこそ、気が散ってたまらないだろう。和歌の艶かしい胸の谷間が、教室の窓全体を、映画スクリーンにアップになったぐらいの大きさで、占領しているのだ。柔らかい春風に乗って、和歌の周囲にふんわりと漂っている、持ち前の、あの甘い香がすることだろう。別に、香水などはつけていない。彼女の髪や肌からの自然な匂いなのだ。美人は体臭まで美しい。

和歌は、また可愛らしい鼻の頭に皺を寄せて、むずむずとさせていた。息を吸い込んでいた。あたしたちは、机の下に隠れた。

ぶあっぐじょい!!

湿った突風が吹き込んできた。教室の窓硝子のすべてが、内側に割れた。あたしたちの上に降り注いだ。教壇の上に立っていた先生が、廊下側の壁に吹き飛ばされていた。鼻水が、べっとりと教室中に、ばらまかれていた。

ぶくり。ぶくり。ぶくり。ぶくり。

和歌のおっぱいは、校庭の砂山ぐらいになっていた。それでも、彼女は物怖じしない。驚嘆すべき意志の強さだった。もし、自分が和歌の立場になったら、将来を悲観して泣いてばかりいることだろう。この友人は、尊敬に値した。ただし、ちょっと計算高いところがあった。

休み時間は、広い校庭を占領して、仰向けに横たわっていた。男子生徒を、胸の上に登らせて、自由に遊ばせていた。(さしえ)

「へるもんじゃあるまいし、自由に、やらせとけばいいんじゃ。これも、青春じゃきにのオ」

女龍馬は、豪快に笑っていた。ただし、五郎君に対するように無料ではない。遊興料として、一回いくらという代金を徴収していた。その係りが、友人のあたしである。和歌の脇の下で、破れたブルマから造った袋に、硬貨を入れさせていた。徴収した者から、おっぱい山に登れる。追加料金で、下半身の冒険も可能である。神秘の洞窟探検もあるというのが売りだった。今の彼女に、そんなことは、いけないことだからと、注意できる勇気のある先生は、歴史と伝統のある竹取高校には、ひとりもいなかった。


和歌は、自分に屈辱感を与えた消防隊員にも、報復をしていた。長身のせいで視界が高い。竹取町の火の見櫓よりも遥かに視点が高いのだ。ボヤの煙を発見していた。火事の現場に脚の長さを生かして、消防自動車よりも、いち早く到着していた。市街地の家々の上を跨いでいた。道路に関係なく、直線距離で移動したのだ。
現場にしゃがみこんだ。手にやけどを負いながら、一人暮らしの寝たきり老人を、二階の部屋の窓から救出した。膀胱に溜め込んでいた水分を、ためらうことなく無人だった火元の一階部分に発射した。消防自動車が、現場でホースを出す前に鎮火していた。人命救助の貢献によって、消防署は和歌を表彰せざるを得なかった。

彼女の健康状態は、竹取町の医師会が交替で診療をしている。和歌に睡眠薬を注射した医師が、偶然にも診察の当番に当たった日があった。和歌は胸が苦しいと言って、医師を自分の胸の谷間に誘い込んだ。医師は両膝を突いた。そこで厚い皮膚に聴診器をあてがっていた。体毛が金色の雑草のようだった。

和歌は、そこでくしゃみをしたのだ。

はあ〜! くちょい!

妙に可愛いのは、彼女としては遠慮をしたせいだという。彼を入れたままの胸元が、大量の唾液で、ぐちゃぐちゃになった。スイカ大の泡が、滑らかに皮膚の上を流れた。

そして。

ぶくり。ぶくり。ぶくり。ぶくり。ぶくり。

膨張する乳肉が、左右から彼を包み込んだ。

「ああ〜ん。先生、かゆい〜ん」

彼女は、発作的に身をくねらせていた。色っぽい鼻声を出していた。左右の乳房を揉むように、擦り合わせていた。医師が同僚達の手で、少女の身体の深淵の底から助け出された時には、糠味噌に漬かっていた茄子の御漬物のような状態だった。ぐったりとして青い顔をしていた。窒息する寸前だった。





和歌の変身は、セイタカブクブク草の花粉の時期が終わるまで、一ヶ月は続くのだ。くしゃみをするたびに、巨大化は止まることはない。収まれば、また一ヶ月をかけて元のサイズに戻るのだ。


和歌の身長は、今では高層ビル大にまで大きくなっていた。日本全国でも、花粉症による最大の身長を記録した。新宿の東京都庁のビルを乳房の間に、抱擁している。目立つことが好きな都知事の招待を受けたのだ。目立つことが好きな和歌と意見が合った。和歌の写真は、世界でも有名になった。
もちろん彼女の身体を隠してくれる衣服などない。全裸である。ピラミッド型の乳房は、世界でもっとも大きくて美しい胸として、『ギネズ・ブック』に認定された。来年度から掲載される。彼女の感想では、胸に当たる都庁舎の壁面が、砂つくりの塔のように脆く感じられたそうだ。腕の力の入れ具合に困ったようだ。

和歌は、一般の都市の中に住むには、大きくなりすぎてしまった。警察のパトカーに前後を誘導されて、深夜に交通規制をした国道を大移動した。ゆさゆさ揺れる乳房が重かったようだ。和歌の雄大な骨格と筋肉を持ってしても、あれをぶらさげているのは容易ではないだろう。ガスタンクのような大きさがある。彼女の現住所は、「富士山山麓青木が原樹海自衛隊駐屯地気付け」である。

和歌が、さみしいだろうと思って、表敬訪問をした。小山のような乳房になっていた。自衛隊の深緑のトラックの荷台に揺られていた。樹海の道路を走っていた。和歌の本体は、森の向こうにある草原に、横たわっているようだった。緑の樹海の森。梢の遥か向こうに和歌の胸だけが見えていた。肌色の半球状の建築物が、青い空にアラビアン・ナイトの不思議なドームのように聳えていた。野宿なのである。彼女が入れる建築物はなかった。

竹取高校の山岳部の生徒達が、登山をして、にぎやかに遊んだ。あたしも参加した。乳房山の頂上。乳首の桜色の輪。その周りで、あたしのサンドイッチ御弁当を食べた。自家製である。富士山を一望に出来る、眺めの良い場所だった。

自衛隊も山岳救助訓練の一環として、和歌の乳房への登攀を実施しているという話だった。彼女は、持ち前の開けっぴろげな社交性で、お堅い自衛隊内部にも、多くの親密な友人達を作っているようだった。自分を巨大怪獣だとして、日本を侵略してきたと仮定する。その時に、如何に闘うのか? シミュレーションを、参謀達とした。それに対応した演習もしたという。戦車隊とも戦った。


それぐらいの恩返しは、仕方がないと言った。自分の野外トイレの穴も、自衛隊員が重機で掘ってくれる。水も食料も隊のトラックが運搬してくれる。すまなそうに笑っていた。義理固い女だった。雨が降るまでは、シャワーも浴びられないと白い歯を見せた。ずぼらに見えるが、和歌はきれい好きな性格なのである。あたしには、親友の辛さがわかった。

本人は、富士山麓の演習場を盤面にして、自衛隊の兵士と武器を使って、本物の軍隊将棋を楽しんだ気分だという。
「近代兵器と闘ったことがあるか?」と聞いてきた。「すごいぜよ」 …それが、彼女の感想だった。

砲弾の直撃を乳房に受けた。跳ね返した。もちろん兵器の威力と、彼女の乳房の弾力は正確に調査されている。安全性の確認は出来ていた。実地に試したまでだった。

「怪獣の気持ちが分かった」

ピンポン玉のサーブの直撃を、至近距離から受けたようだと笑っていた。まだ青痣が残っている。勲章のように痕跡を示していた。楽しそうだった。救出を担当した消防隊員に、和歌は恨みがあった。ここでも、孤独ではないかという心配は杞憂だった。安心していた。


一人の男子学生が持ち込んだ、銀製のケトルからブランデーを回し飲みした。和歌の笑顔が最高のご馳走だった。彼女の表情が曇ったのは、五郎君が、まだ寝たきりの状態になっているという報告が、空気の読めない、ある男子生徒の口から出た時だけだった。

あたしは『和歌山、一万尺』という替え歌を唄った。

和歌山、一万尺
乳首の上で
巨乳のダンスを
さあ、踊りましょ

いきなり和歌の花粉症の症状が、悪化した。痒みの発作に襲われた和歌のために、男子生徒たちは乳房山に虫の様に張り付いていた。両手両足の全身を使って、皮膚の斜面を掻いてやった。彼女は、気持ちよさそうに長い睫の瞳を閉じている。うっとりとしていた。これも青春である。

和歌は豪快なくしゃみで、富士山麓の青木が原樹海の周囲で、軍事演習をしている自衛隊の戦車を、何台も空中に吹き飛ばしたこともあるそうだ。
白鶴のような優美な雲が、山頂に細い足先を付けて飛び立とうとしていた。富士山から吹き降ろす風に、セイタカブクブク草が、通学の電車内でヘッドフォンをつけて自己陶酔の境にいる兄ちゃんたちのように、頭を揺らしながら踊っていた。和歌はスクラップになった二台を、ピアス用に加工してもらい、耳たぶに飾っていた。わずかな、おしゃれである。隊員の評判は良いらしい。




和歌は持ち前の行動力で、全国の花粉症の中学生から高校生の女子に、ネットを通じて大同団結を呼びかけている。「和歌山社中」という名前の『ブログ』を持っている。セイタカブクブク草を、日本の土地から駆逐する計画を、政府に迫る方針である。

「原始、女性は太陽であった。花粉症のおれたちが動けば、日本の夜明けは近いぜよ!人間に熱あれ!人間に光あれ!」

これが、キャッチ・フレーズだった。どこかで聞いたことのある言葉の寄せ集めだったが、和歌の熱意に動かされたのだろうか。賛同者の数は、全国で着実に増えていた。様々な感想が届く。花粉症の症状も多種多様なようだ。中には、花粉症で巨大になりすぎた乳房のせいで、ベッドに寝たきりになっている少女もいるようだ。和歌の元気な行動が、励ましになっているという。全員に返事を書く。もちろん、キーボードを打つのは、あたしの指である。和歌の指先は、廃車を鉄くずのスクラップにするよりも繊細な仕事には、もはや適していない。

実現してもらえない時には、渋谷の通りを、巨大少女達が、ノーブラのままで、デモ行進をするという大胆な計画まで立てている。『乳輪丸(にゅうりんまる)計画』という。勿論、彼女たちも、セイタカブクブク草の駆逐作業には、全面的に協力する。汗を流すことを厭わない。このデモは、実現されれば、さぞかし壮観なことだろう。

止められる者ならば、止めてみろという腹らしい。医者に麻酔薬を打たれたことが、よほど腹立たしいことだったようだ。野生の獣のような青木が原樹海での隔離政策が、本当は頭に来ているのだ。今の彼女の実力を持ってすれば、日本の歴史を変える、女坂本龍馬にさえなれるような気がしてきた。その行動を、いかにも和歌らしいと思っている。

『乳輪丸計画』の当日は、ビルをも破壊する鉄球のような乳房を胸元に垂らした巨大少女達が、渋谷のビル街を行進した。黒い影が白い腹部に鮮明に落ちていた。趣旨に賛同する、男子と女子の中学生や高校生の学生達も、多数集結していた。足元から、雄大な女神像のような巨大少女の黒い太陽のような股間から、二つの満月のような乳房までを見上げていた。


あれが、花粉症の季節の最盛期だった。国の特別会計予算から、セイタカブクブク草が駆除される費用が出るという閣議決定があった。




和歌は、あの疾風怒濤の季節が嘘であるかのように、普通の女子高生としての生活に戻っている。しかし、くしゃみをするたびに、あたしは気が気ではない。三連発をした直後にこういった。

「思い、思われ、振り、振られ」

しなやかに長い指を三本折ってから、こう言ってのけた。

「あれ?俺、誰かのこと、振ったか?」

和歌は、泰然自若としている。体操のバレーの試合でブラもつけずに、巨大な胸元を、ぶるん、ぶるんと揺らしながら、プレーしている。そんな彼女を、体育館の向こうから見つめている男子学生の熱い目があった。今の彼女は、あの大胆なデモ行進で、アイドルのような有名人になっていた。ただの無名の女子高生ではない。本人は、それにも全く気がついていないのだ。

しかし、あたしは、知っているのだ。

和歌は、今年の花粉症による巨大化の初日に、右の乳房の下で、同級の男子学生の五郎君を、不幸にも押し潰した。竹取高校に戻ってからの彼女は、丁寧に授業のノートを取っている。毎日のように、病院の彼のベッドに届けてやっているのだ。

彼が司馬遼太郎の愛読者で、歴史小説の一種のオタクであり、坂本龍馬についても、かなりの知識があることは、同じ文芸部に所属するあたしは、誰よりも良く知っている。


(終り)




笛地さんのこの作品へのごいけん、ごかんそう、文字のことなど、なにかありましたら…
WarzWars(アットマークは半角に直して…)まで、おしらせください。


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